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「えぁ…………あいう」 意表を突かれたロングビルは、間の抜けた声しか出せなかった。 「どこに行くのかな? かな?」 再度、問い掛けるルイズは、ロングビルの目をのぞき込んだ。 鳶色の大きな大きな瞳が、ロングビルを射抜いた。 まるで、今日の夕食は何?と聞くかのような、軽い調子だが、 肩から伝わる力が、有無を言わせぬ迫力を醸し出している。 "メコッ"と、ルイズの片手が肩にめり込んで、ロングビルは激痛に喘いだ。 とてもじゃないが、身長153サントの、 小柄な少女が持つ握力とは思えない。 「そそそそその、て、て、て、偵察に、行こうと、思いましたの!ええ!」 「でも、1人だと危ないですわ、ミス・ロングビル。 フーケが潜んでいるかもしれませんもの。 今は、バラバラになることは避けるべきですわ」 ロングビルの必死の言い訳を切って捨てると、ルイズはロングビルをグイグイと廃屋の方へと引っ張っていった。 あまりに強いその力に、ロングビルはなす術がなく、されるがままであった。 廃屋から出てきた3人が、ルイズの姿を捉えた。 「あら、ルイズ。 どこ行ってたの? ミス・ロングビルも」 「いえ、私は、あの………」 「2人で周囲を偵察してたの。 フーケが潜んでいるかもしれないから。 そうよね、ミス・ロングビル?」 キュルケの問いに、ロングビルが答えようとしたが、それをルイズが遮った。 先程のやりとりとは全く食い違うルイズの言葉に、ロングビルは疑問を感じたが、 ロングビルに向けられるルイズの笑顔が、反論を許さなかった。 ロングビルは壊れた人形のように、カクカクと頷いた。 キュルケは、そんなロングビルの様子を訝しがったが、 やがて『破壊の杖』に注意を移した。 「それにしても、やっぱり変なカタチしてるわよね、これ。 本当に魔法の杖なのかしら」 キュルケは思ったことをそのまま口にしていた。 ルイズも同じ感想なのか、タバサが抱えている『破壊の杖』を、 胡散臭そうに眺めた。 ロングビルは、何だか落ち着かないのか、あちこちに視線を移し、そわそわしている。 「…それをかしてくれないか」 輪の外で、同じく『破壊の杖』を眺めていたDIOが、不意にタバサに話しかけた。 その場にいた全員が、DIOを見る。 タバサは暫く考えた後、トコトコとDIOに歩み寄り、『破壊の杖』を手渡した。 『破壊の杖』を手にした途端、DIOの手の甲のルーンが、ぼぅっと光を放った。 「どうしたの? それが何か知ってるの、DIO?」 DIOは、その金属で出来た物体を、しげしげと観察した後、ルイズの方を向いた。 「ふむ……。 『マスター』、やはりこれは魔法の杖などではないぞ」 DIOの言葉に、ロングビルが反応した。 「どういうこと?」 ルイズの再度の質問に答えることなく、DIOは『破壊の杖』を両手で持つと、流れるような動作で安全ピンを抜き、リアカバーを引き出し、インナーチューブをスライドさせ、チューブの照尺を立てた。 そして、フロントサイトをルイズに合わせる。 「これは、私の元いた世界で人間が使っていた武器だ。 『M72ロケットランチャー』という。 この安全装置を解き、トリガーを押すと、広範囲に渡る爆発を起こす弾を発射する。 ……どうしてこんなものがここにあるのやら」 DIOの懇切丁寧な使用方法の説明に、 ロングビルがそれとわからぬような笑みを浮かべた。 訥々と語るDIOに、耳を傾けていた4人だったが、 爆発という単語を聞いて、ルイズがあわてた。 「ちょ、ちょっと! どうしてそんな危ない物、私に向けるのよ!?」 「さぁ………どうしてだと思う?」 心なしかさっきよりも距離を取り始めているDIO。 4人の頬に、冷や汗がタラリと伝った。 ―――あれれ? まさかこいつ、この場で私達吹っ飛ばすつもりなのかな? 奇しくも、4人の考えがシンクロした。 「………冗談だ」 一言そういうと、DIOはロケットランチャーを元の状態に戻した。 4人は心底ほっとした。 安心したら、怒りが沸き起こってくる。 「この、バカ! ぜ、全然、笑えないのよ!!」 ルイズが叫んだが、その声はひきつりまくっていた。 DIOの言葉は、冗談なのかどうか判断しかねるのだ。 「で、でも、これで破壊の杖は取り戻せたわ。 後は、肝心のフーケだけね!」 さっきまでの狼狽を取り繕うように、キュルケが言った。 その通りだとばかりに、ルイズは頷いた。 フーケがこのままむざむざと、自分達を取り逃がす分けがない。 タバサも同じ意見なのか、油断無く杖を構えて、 周囲を窺っている。 「それでは皆さん。 二手に別れて、周囲を偵察するというのはどうでしょうか? フーケが姿を現さないのも気になりますが、 いずれにしても、私達は行動を起こさなければなりません」 ロングビルの提案に、4人は賛同した。 確かに、いつまでもフーケの出方を待つわけにはいかない。 盗賊相手に後手に回るのは、良策とはいえない。 宝物庫を破った時のように、盗賊が動くのは、 自分の成功をよっぽど確信した時だけなのだ。 話し合った結果、 DIOを廃屋に待機させ、破壊の杖の監視に当て、 キュルケとタバサが北側を、 ルイズとロングビルが南側を、 それぞれ見回りすることになった。 5人はそれぞれの武運を祈りあってから、別れた。 ――――――――― ロングビルは、ルイズよりもやや後方に位置する形で、 森を進んでいた。 すでに本道から外れているので、草木がありのままに茂っていて、 酷く足場が悪い。 草をかき分けながら、ロングビルは、自分の目的がほぼ成就されたことに喜んでいた。 あのルイズの使い魔のおかげで、破壊の杖の使用方法が明らかとなったのだ。 もはや、ロングビルの振りをする必要は、無くなったといえる。 あとは、邪魔者を消すだけだ。 その点ロングビルにとって、ルイズとチームを組むことになったことは、 好都合だった。 ロングビルは、ルイズの背中に鋭い殺気をぶつけた。 ルイズは危険だ。 ロングビルは先程のルイズの目を思い出す。 ルイズの鳶色の大きな目は、まるで全てを見透かしたようであり、恐怖を煽った。 場数を踏んでいるロングビルですら、しりごみしたほどだ。 ルイズは最優先で暗殺する必要がある。 ならば今こそが絶好のチャンスだ。 ロングビルは懐から杖を取り出し……… 「最初に怪しいと思ったのは、あなたが学院に帰ってきた時」 突然背を向けたまま語り始めたルイズに、ロングビルの手が、 ピタリと止まった。 「あのタイミングで、ノコノコと現れるなんて、嫌でも疑わざるを得ないわ」 「…………………」 ルイズの口調は、やはり軽々しい。 しかし、背中から発せられる威圧感は、瀑布のような勢いだ。 ルイズは歩みを止めた。 それに続いてロングビルも、立ち止まった。 「でね、その疑いは、さっきあなたが姿を消そうとした時に、 完全な確信に変わったわ」 ロングビルの手は、懐の杖を掴んだままだ。 「そもそも、ここまで来るのまでに、馬車で半日かかったわ。 馬を飛ばして、4時間ってとこかしら? 早朝に調査を始めたっていうのに、随分帰ってくるのが早かったわね、 『土くれ』のフーケ? どれだけ誤魔化しても……犬畜生の臭いは消せないわ。 プンプン臭うのよ、あなた」 ルイズが詠うようにロングビルを弾劾した。 ロングビルの動悸が早くなる。 背を向けたままのルイズの表情は、ようとして伺えない。 ルイズに気圧されまいと、ロングビルは自分に喝を入れた。 「な、何のことだか……………」 「言い訳無用」 "ドドドドドドドド…!" ルイズの口調が、完全に変わった。 それと同時に、ルイズの背中から発せられる威圧感が、質量を持つと錯覚するまでに増大した。 「フゥ……………大正解。 いかにも、私が『土くれ』のフーケよ」 観念したように、ロングビルはメガネを外して、その正体を現した。 目がつり上がり、猛禽類のような目つきに変わる。 「……どうして、こんな回りくどい手を取ったの?」 ロングビルの告白を意に介すことなく、ルイズは質問を続けた。 「私ね、この『破壊の杖』を奪ったのはいいけれど、使い方がわからなかったのよ」 全てを理解できたのか、ルイズの体が一瞬強張った。 それをみて、ロングビル……いや、『土くれ』のフーケは妖艶な笑みを浮かべた。 「あの杖、振っても、魔法をかけても、うんともすんともいわないんだもの。 困ってたわ。 持っていても、使い方が分からないんじゃ、宝の持ち腐れ。 でしょう?」 ルイズがフンッと鼻で笑った。 「だからわざわざケガをおしてまで学院まで戻ってきたってわけ? 私達なら、使い方を知ってるかもしれないから。 とんだ盗賊根性だわ。 呆れて声もでない」 「おだまり。魔法1つ扱えない娘っ子が。 悪いけど、貴女にはここで消えてもらうわ。 邪魔なんだもの。 …………でも、解せないわ。 そこまで嗅ぎ付けておきながら、どうして私と2人っきりになったの? そこだけが、どうしても分からないの。 よければ教えて下さる?」 フーケの問いに、ルイズは腕を組んだ。 「だって、2人っきりの方が、あなたを消しやすいんだもの」 仁王立ちのルイズが、高慢不遜に、当たり前のように言い放った。 フーケは一瞬キョトンとしたが、次第にその口元を笑みで歪めた。 「……あら、お互い考えていたことは一緒だったってワケ?」 「………そういうことになるわね」 滅多に無い偶然に、2人は、クスクスと笑い出した。 ――――次の瞬間、ルイズが弾かれたようにフーケの方を振り向いた。 その手には、杖がしっかりと握られている。 それを受けてフーケも、電光石火で杖を懐から取り出し、ルイズに向けた。 ピタリ、とその場が硬直した。 ルイズとフーケは、お互いに杖を向けあいながら、二手に別れてから初めて視線を交わらせた。 フーケの猛禽類のような目と、ルイズの狂気に染まった目が、お互いを射抜く。 龍虎相まみえる、というやつだ。 2人とも、殺意を隠そうともしない。 一触即発の2人だったが、しかし、この戦いは、既に勝敗決していた。 ルイズがニタリと笑った。 「チェックメイトよ、『土くれ』。 私を殺すには、少なくとも『ライン』以上の魔法を唱える必要があるわ。 でも、私はコモン・マジックだけでも、貴女を吹き飛ばすことができる。 どっちが素早いかなんて、オーク鬼だって分かるわ。 貴女は、魔法1つうまく扱えない少女に殺されるのよ」 ルイズの勝利宣言を、フーケが嘲笑した。 おかしくてたまらないという笑いだった。 「あは、は、あははははははははは はははははは………!!! あなた、何か大切な事を忘れてるわよ。 私は『トライアングルクラス』よ? 戦闘経験をつんだトライアングルクラスともなれば、 詠唱をしながら、お喋りをすることだってできるのよ。 チェックメイトにはまっているのはあなたの方だって、気づかなかったの? 私の詠唱は、さっき森を歩いていた時に、もう終わっているのよ…!!!」 フーケの嘲りに、ルイズの顔が焦燥で歪んだ。 動揺を隠せないのか、杖を持つルイズの手は、若干震えている。 ――――場の硬直は、しびれをきらしたルイズの言葉で、 解かれることになった。 「『レビテーショ……」 「遅い!ゴーレムよ!!!」 やぶれかぶれで詠唱をするルイズだったが、やはりフーケの方が早かった。 フーケが素早く杖を振った。 杖を振りかぶるルイズの 横の地面が盛り上がり、ゴーレムの右腕が現れた。 フーケお得意の『錬金』だった。 ルイズはそれに気づき、視線をゴーレムに向けたが、そこまでだった。 ゴーレムの豪腕が、唸りをあげてルイズに襲いかかった。 フーケは容赦なく、インパクトの瞬間、ゴーレムの拳を鉄にかえた。 ゴーレムの拳が、ルイズの側頭部を無慈悲に直撃した。 「うぐっ!!」 ルイズの断末魔は、それだけだった。 "バグシャア!" と、ルイズの頭蓋骨がコナゴナに砕け散る音が響いた。 レントゲンをとったら、 コナゴナに砕けた頭蓋骨の破片が、脳をグチャグチャにしているのがわかっただろう。 そのままゴーレムの右腕が振り抜かれ、ルイズは十数メイルも吹き飛ばされ、 地面に水平に飛び、近くの大木に叩きつけられた。 ルイズは力なく、血の海に沈んだ。 頭が完全に粉砕され、脳漿が辺りに飛び散っている。 目はあらぬ方向を向いていた。 完全に即死だった。 フーケはルイズの近くまで歩み寄ると、 その死に様を確認した。 「フィナーレは……案外あっけないものだったわね。 正直言って、今あなたを殺せてほっとしているわ。 でも安心なさい。 これから直ぐに、あなたのお仲間も後を追うわ」 フーケはペッと、唾を吐いた。 彼女なりの、皮肉のこもった敬意だった。 フーケは踵を返して、元来た道を戻り始めた。 フーケの背後で、ルイズの手が、ピクリと痙攣した……ように見えた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール―――死亡? to be continued…… 40へ
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第二章 乱心の『ゼロ』 朝、リゾットは日の出と共に眼を覚ました。 普段は3時間も眠れば十分なはずだが、やはり疲れていたらしい。 (毎日同じ服を着ているわけにもいかない…。服を調達しなければな…) そう考えつつ鏡の前で自前の櫛と小さな手鏡を取り出し、身だしなみを整え、細かいチェックをする。 暗殺者というと身なりにかまわないイメージがあるかもしれないが、リゾットは違う。 暗殺者だからこそ常に自分の状態に気を配る必要があると考えていた。 ボスとの戦いで受けた傷は傷跡すら残さず消えていた。 ルイズに召喚された影響なのだろう。他に理由として考えられることがない。 リゾットが身支度する間、ルイズはずっと平和そうに寝ていた。 前夜、朝になったら起こせと言われたことを思い出し、リゾットは声をかける。 ルイズは寝ぼけていたらしく、一瞬リゾットを思い出せなかったらしいが、何とか思い出した。 「服と下着…」 要求に従って下着と制服を出してやる。 「着替えを手伝いなさい」 「……」 返事がないのでルイズがリゾットを見返すと……不審そうな顔をしていた。 具体的に言えば、「何を言ってるんだ、コイツは?」と顔に書いてあった。 「着替えを手伝いなさいったら。早くしなさい、愚図ね!」 「イカレてるのか…? こんな朝から」 「口の利き方に気をつけなさいといってるでしょう!」 聞くなりルイズはリゾットを殴ろうとしたが、上体をわずかにそらしてかわされた。 「着替えくらい、一人で出来るだろう」 「貴族は従者がいるときは一人で着替えたりはしないのよ!」 「自分の面倒も見れないのが貴族なのか」 ルイズがまた怒りで顔を赤くした。これ以上ないほど表情の読みやすいタイプだ。 「いいから手伝いなさい! さもないと食事抜くわよ!」 無一文のリゾットが雇い主のルイズに食事を抜かれるとなると金か食事を盗むしかなくなる。 なるべく波風立てずに恩を返して自由になりたいリゾットとしては、それは困った。 「分かった。手伝ってやる…。しかし……恥ずかしくないのか?」 「はぁ? なんで使い魔に恥ずかしがらなきゃいけないのよ。…ほら、さっさとしなさい」 「他人に服を着せるのは慣れてないんだ。少し待て……。まったく…手がかかる」 (元々人権には縁遠そうな世界のようだが、この分だと人間扱いされないのだろうな) リゾットの推測はこの後、すぐに実証された。 『アルヴィーズの食堂』に到着すると、三列の食卓には富豪もかくやという豪華な飾りつけがされており、その上には豪勢な食事が並んでいた。 「毎朝こんなところで、こんな豪華な食事をしているのか?」 「毎食よ。それに、礼儀作法の勉強でもあるの。この学院は魔法だけじゃなく、貴族たるべき教育全般をするのよ」 支配階級の贅沢振りに呆れながらも椅子を引き、ルイズを座らせてやる。 隣の席に着こうとしたリゾットは、ルイズに押しとどめられた。 「あんたはあっち」 ルイズの指し示す方を見ると、床の上に粗末なスープと硬そうなパンが置いてあった。 「……あれが…俺の食事か?」 「当然でしょ。使い魔が主人と同じものを食べられるとでも思ったの? 使い魔は外で食事をするところを『私が』、『特別に』中で食べさせてあげるんだから、感謝しなさい」 ルイズが恩着せがましく言う。どうやらこれも使い魔に対する教育の一環らしい。 仮にも暗殺チームのリーダーという管理職に就いていた以上、リゾットとて人を動かす機微は知っているつもりだ。 その中でも『働きに見合った報酬を渡す』というのは最重要といってもいい。 リゾットのチームが反逆した原因の一つもそれなのだから。 だが、昨日からの扱いを見る限り、この世界の貴族たちはそんな思考はないらしい。 「……この世界の封建制が革命で崩壊する日も近いな……」 腹立ちを恩義で抑えつつ、リゾットは床に座るのだった。 朝食後、ルイズとリゾットは教室に入った。 大学の講堂のような教室には、たくさんの生徒が様々な使い魔を引き連れていた。 だが、使い魔が人間というのはルイズだけのようで、ルイズはそれをネタに散々揶揄されていた。 ルイズはいちいちそれに言い返す。リゾットに対する嘲笑も含まれているのだが、リゾットは無視していた。 いちいちアホに構っていられないからであるが、それでも貴族の差別意識はうんざりした。 気を紛らわすために雇い主の観察をする。 同じ侮辱でも言われた内容と相手によって怒りの度合いが違うのが実に面白い。 特にルイズは自分の(主に胸の)発育不良と『ゼロ』というあだ名について気にしているようで、 キュルケという赤毛の女にそれについて馬鹿にされた時は怒りの頂点に達したようだった。 「もう許さない…。ツェルプストー、今日こそ決着をつけてあげる!」 「これ以上恥を上塗りするのはよしたほうがいいんじゃない? ただでさえ、貴方は魔法も色気も『ゼロ』なのに」 お互い火花を散らしているところで、リゾットはルイズの袖を引いた。 「何よ! 邪魔しないで!」 「教員が来た。……座ったほうがいい」 入ってきた女性教員が咳払いをする。 ルイズはまだ腹に据えかねるようで、キュルケと最後に視線の火花を散らせるとしぶしぶ座った。 リゾットも席に座ろうとするとルイズが睨み付けてきたので、黙って階段に腰を下ろす。 「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」 そして教室を見渡すと、リゾットに眼をとめた。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズのとぼけた声に、教室中から忍び笑いがもれる。 「だって『ゼロ』だし。召喚が成功したのか怪しいもんだ。その辺の平民引っ張ってきたんじゃないか?」 誰かがそういうと、忍び笑いは大笑いに変わった。 「いい加減なことをいわないで、かぜっぴきのマリコルヌ!」 「誰がかぜっぴきだ! 俺は風上のマリコルヌだ!」 シュヴルーズが頭を押さえながら杖を振ると、二人がすとん、と座った。 (便利なものだな…) 二人に説教をし、さらに笑う生徒の口を赤土で塞ぐシュヴルーズを見ながら、リゾットは感心していた。 そして授業が始まった。 リゾットは静かに講義を聞いていた。聞いているだけでも色々なことがわかる。 魔法には土、水、火、風、虚無の五つの属性があり、メイジはそのうち一つは必ず使えること。 虚無の属性の使い手は失われていること。いくつ属性を使えるかによって四階級が存在するらしいこと。 メイジにはみな、それぞれ二つ名のようなものがついていること。 スタンドとは違い、一つの属性でも様々なことができるらしいこと。 講義が進むと、いよいよ実践になり、シュヴルーズという女教師がただの石を真鍮に変化させていた。 リゾットがあまりに真剣に見ているので、ルイズが話しかけてきた。 「そんなに面白いの?」 「興味はある……。魔法がどういうものかという好奇心はな……」 答えてから、ふと浮かんだ疑問を口にする。 「メイジの二つ名はやはり使う属性から決まるのか?」 「そうよ。ミセス・シュヴルーズは『赤土』で土、マリコルヌは『風上』で風」 「なるほど…。聞けば分かるってわけか……。ではルイズ、お前の『ゼロ』は?」 「それは……」 「ミス・ヴァリエール! 使い魔と語らうのもいいですが、今は授業中です!」 シュヴルーズからの叱責がとぶ。 「は、はい。すいません…」 「授業を聞いていましたか? お喋りするほど余裕があるのなら、この『錬金』は貴方にやってもらいましょう」 そういった途端、教室中の生徒がびくっと反応した。そして続々と反対意見が挙がる。 「先生、やめといた方がいいと思いますけど」 「そうです。無茶です、先生!」 「『ゼロ』に魔法を使わせるなんて!」 「ルイズの魔法の失敗率は世界一ィィィィッ! できるはずがないィィィィィッ!」 シュヴルーズは何をそんなに反対するのか分からない。 「失敗を恐れていては進歩はありません。さあ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい」 ルイズが意を決したように教壇へ向かっていくと、ある者は机の下に隠れ、ある者は教室から逃げるように出て行く。 わけが分からず、リゾットが観察していると、ルイズは一心に杖を掲げ、呪文を唱えた。 次の瞬間、ただの石が爆発を起こした。 結局、ルイズは爆発によって吹き飛んだものを魔法を使わずに片付けられることを命じられた。 「つまり……お前は魔法成功率『ゼロ』のルイズ……ということか」 「黙りなさい!」 石の破片を投げてくる。リゾットが石を掴んで塵取りに捨てると、また石が飛んできたので、これも掴む。 「気落ちするな。俺の召喚には成功したじゃないか。……仮に爆発しかできないとしても、要は頭の使い様だ」 くだらねー能力と仲間に言われ続けても自信を持ち続けたホルマジオを思い出す。 「うるさいわね! 元々魔法が使えない平民のあんたなんかに私の気持ちは分からないわよ!」 「じゃあ、いつまでもそうやって不貞腐れてるわけか? 失敗したことは仕方ないだろう。……不貞腐れる暇があったらお前も掃除をしろ」 「何で私が掃除するのよ。主人の罪は使い魔の罪。貴方がやりなさい」 リゾットはそのスタンド能力(持続力:A)に反映されているように我慢強い。 何しろあの癖の強い暗殺チームのリーダーだったのだ。ギアッチョなどはキレやすいため、普通に会話するのもかなりの根気を要した。 どんな性格や思想だろうとやるべきことをやって成果を出せば評価するし、それなりにうまく付き合う。 だが、反面、責任を果たさず、成果も出さないくせに威張り散らす人間は我慢ならなかった。 そういった意味で、今、ルイズはリゾットの地雷を踏んだ。 「つまり……自分に罪はあるが、俺に押し付けるからいい……。そういうことだな?」 リゾットの視線が強く、鋭くなっていく。 「お前は俺の恩人だ…。だから命令されれば従う……。部屋の掃除もしよう。洗濯もしよう。食事が貧しくても耐えよう。だがな…」 ルイズの右腕を掴む。その意外な力強さにルイズは思わず一歩引こうとしたが、動けない。リゾットの暗黒を映したような眼が近づく。 「な、何よ…? 使い魔の癖に」 「自分のやったことくらい、自分の手も汚せ! どこまで甘ったれるつもりだ!」 「わ、分かった…。やるわ…。そんなに怒らなくたって……」 途端に、リゾットは離れた。そのまま無言で片付けを再開する。 ルイズは思わず座り込んだ。大人しい使い魔の恐ろしい一面を目の当たりにして、立っていられなかったのだ。 放心していたが、しばらくすると屈辱が沸いてきた。 「な、何よ。何よ……。平民の癖に……! 使い魔の癖に……!」 ブツブツいいながらも、机を拭き始めた。その後、昼食が終わるまで、二人は一言も口を利かなかった。 昼食後、リゾットは部屋の掃除を済ませ、洗濯をしようとしていた。しかし、一つの問題に気づく。 (どうやって洗濯したものかな…) 洗濯や掃除はできる。ただし、それは洗濯機や掃除機といった文明の利器があってこそだ。 掃除はごみを拾って捨てたり、箒で掃いたり、雑巾がけをしたりすればいいのは分かるが、 洗濯の方は洗濯板を使うといっても洗剤の分量や気をつけるべき生地まではとても知らない。 第一、洗濯板も洗剤もここにはない。洗剤に至ってはこの世界にあるのかどうかも分からない。 (ルイズに聞いてみるか…) 先の件など忘れたように、リゾットは自分の雇い主を探しにいくのだった。 一方、ルイズは中庭で気落ちしていた。 リゾットは最初、自分を慰めようとしてくれていたのだ。それを八つ当たりしてしまった。 それに、リゾットがルイズに信頼も忠誠も抱いていないのが気にかかった。 そぶりを見ていれば分かる。命令に従ってはいるが、それは「仕方なく」やっているだけで、本心から仕えているのではないことが。 使い魔に信頼されない主人など笑い話にもならない。メイジ失格だ。 (うん、決めた。とりあえずさっきの件は水に流そう) まだくすぶり続けるリゾットに対する理不尽な怒りはぐっと抑え、そう決める。 謝るということも考えたが、それは貴族たることに拘るルイズにはどうしてもできなかった。 そこにリゾットがやってきた。 (冷静に、冷静に) 言い聞かせながら使い魔の到着を待つ。やってきたリゾットは開口一番、こう言った。 「ルイズ、洗濯板はどこだ?」 その一言を聞いた途端、ルイズの全身が硬直した。 「……な、なんですって!?」 しばらくして聞き返してくる。気のせいか声が震えていた。 「だから、洗濯板はどこにある?」 リゾットは再度同じ問いをし、硬直しているルイズを見て原因に気づき、一言付け加えた。 「誤解してるなら言っておくが、お前の胸の話じゃあない」 プッツーーーン!! 元々怒りがくすぶっていた時でもある。『洗濯板』、そして『胸』。 自分のコンプレックスを想起させるそれら『単語』を聞いた瞬間、ルイズの自制心は月まで吹っ飛んだ。 「こ…ここここ、この…馬鹿使い魔ーーー!!」 叫びとともに最短・最小の詠唱・動作で杖を振り…リゾットとルイズの間の空間が爆発した! 爆発によって自らも地面に投げ出されたルイズだが、すぐさま跳ね起きる。 「どこに逃げたの!? 出てきなさい! 馬鹿使い魔!」 続けざまに魔法を唱え、次々爆発が起きる。逆上の余り、目は開いていても見えていない。 それを見ながら、ルイズと逆方向の茂みに投げ出されたリゾットが呟く。 「破壊力B…くらいはあるか………。これだけやれれば十分じゃないか…」 「どこよ! どこに隠れたのよ、このイカ墨!!」 ルイズが理性を取り戻すのはこの十分後である。
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「くそ…馬を奪われたおかげで、追いつきゃあしねぇ」 だが、馬にも体力というものがある。常時全速では当然バテてスピードも落ちるものだ。 特に、一人余分に乗せているヤツは、それが顕著だ。 馬が倒れない程度に走らせていると、敵が視界に入った。 「…あの女のいう事そのままだと…連中、痛覚が麻痺してるヤク中か…考えたくねぇが死体ってことか?」 前者ならともかく、後者を相手にするとなると恐ろしく相性が悪い。 広域老化は死体には全く効かないからだ。 対応策を練っていると、二人乗っている馬以外のうち2体がこちらに向かってきた。 足止めのための時間稼ぎをするつもりらしい。 「やるしかねーみたいだな」 グレイトフル・デッドを発現させると同時に馬の速度を落とし、地面に降りる。 落馬なんぞしたら洒落にならないからだ。 10秒もすると、馬が急激に老化を始めた。 「あんだけ走りゃあ、温まってるだろうよ」 向かってきていた馬が等しく脚を朽木のように枯れさせ倒れていっているが、微塵も油断していない。 さっき聞いた様子では落馬程度では大したダメージにならないからだ。 投げ出された敵の一人に素早く駆け寄るとが、やはり老化はしていない。 「…マジに死人かよこいつら!」 体は確実に死んでいるのに、精神だけはしっかりと存在する。スタンドで操っているようなヤツとは比較にもなりゃしないだろう。 「そりゃあ、効かねーわけだ……だがなッ!」 確かに、体温がほとんど存在しない以上、広域老化は効きはしない。 だが、直は別だ。直なら有機物である以上冷やしていようが、お構い成しに老化させる。 新鮮と言えばアレだが、死んだばかりの死体のような感じだ。 死体に直触りなどする必要もなかったし、やろうとも思わなかったのでやった事は無いが、老化させれらる自信はある。 そう!スタンドとは精神!出来て当然と思い込む事こそが重要ッ!! 「老化しちまえば…動きたくても動けないからな。死人は黙って寝てな」 これでもかというぐらい直を叩き込んだが、これで効かなければお手上げだ。首を落そうにもデルフは無い。 一瞬間をおいたが、掴んだ敵がみるみる干からびていく。 林檎などの果物も老化させられるのだ。死体といえど、特に変わりは無いのだが…。 「いや…マジに…恐れ入ったよ…まだ…動けんのか」 枯れ果てた敵が動く。いや、動こうとしている…と言ったほうが正しい。 直触りをモロに喰らえば、死なないまでも寿命寸前まで追い込まれる。普通なら気絶するはずだ。 立ち上がろうとするが、背骨が音をたて歪み立てないでいる。 杖を振ろうとするが、手や指先がボロボロになって崩れていき、杖を落す。 魔法の詠唱をしようとしているが、歯のほとんどを抜け落ちさせている。 だが、それでもこいつは動こうとしている。B級映画でもこんなのお目にかかれないはずだ。 「おおおおおおおおッ!さっさとあの世へ行きやがれぇーーーーーーこのクソがァーーーーーーーーーーッ!!!」 そいつの頭を蹴り飛ばし首をヘシ折り、さらに続けざまに、グレイトフル・デッドで殴りつける。 後ろから、もう一人の魔法が背中をかすめたが攻撃を止めない。 気が付くと老化した敵は全身の骨を砕けさせるようになっていたが、砕けさせた場所はすぐに治っているようだった。 老化を解けばすぐにでもこちらに襲い掛かってくるだろう。 鬼人の如き形相で後ろを振り向き、もう一人の敵に駆け寄る。 魔法を使っては来ているが、飛んできたのが氷の槍だったのが幸いした。 これならばスタンドで受けられる。風や火などは実体が無いだけに受けられないのだ。 「グレイトフル・デッドッ!!」 時間は少し遡り場所はラグドリアン湖。 ルイズ、才人、タバサ、キュルケがそこに居た。 なんでまた居るのかと言うと、タバサの帰省に合わせてオプションよろしく付いてきたのだ。 それで、タバサの実家に来たのだが、紋章を見てルイズとキュルケがブッ飛んだ。才人は紋章の事など分かっちゃいないので無反応だが。 ガリア王家の紋章そのものだったからである。 ただ違うのはXの傷が入った不名誉印だった事だが。 そこで、執事のペルスランから本人が居ないところでタバサに関する事を聞いた。 毒を盛られタバサの母が精神を壊し人形を娘だと思うようになってしまった事。 汚れ仕事を押し付けられ、シュヴァリエの称号のみを与えられ、トリステインに留学させられた事。 そして今も、解決困難な事があると、呼びつけられているという事を知った。 当然の事ながら才人とキュルケは、その凄まじい経緯に言葉を失っていたが、ルイズは少し違った。 (そんな危険な事させられて、与えられたものがシュヴァリエの称号だけだなんて…なんか…あいつと似てる) 先代ことプロシュートが属していた暗殺チームと、今現在のタバサの状況は似ていた。 だからこそ、タバサに与えられた指令を何の迷いも無く手伝うと言えた。 他の二人も思うところは違うが、結論は同じだ。 それで、ラグドリアン湖の水位が急激に上昇しているために、その原因と思われる水の精霊の討伐に向かったのだが 現代日本人の才人が「いや、倒す前にまず水位を増やした理由とかを聞いた方がいいんじゃないか?ゲームでも大体そうだし」 と、非常にゲーマー的な答えを導き出した。 本来なら、タバサが風の魔法で空気の層を作り水に触れず湖底を歩き キュルケが炎で精霊をあぶるという戦法だったのだが、ぶっちゃけ二名ほど役立たずである。 空気の球が破れ少しでも水に触れると、操られるため危険極まりないのだが、そこで出たのが才人の答えだ。 「水の精霊と交渉するって事?でも誰が?」 「……モンモランシーなら」 そう言うルイズだが、声は暗い。 原因は、やはり『アレ』にあるのだろう。 知らない才人は「なら、早く行こう」的な態度だったが、知ってるキュルケはちと不安げである。 「あー…頼み辛いのは知ってるから無理しなくてもいいわよ。あたしとタバサで倒せばいいんだし」 「頼み辛いって、喧嘩でもしてんのか?」 「…シルフィード借りるわ。すぐ戻るから」 そう言うとルイズと才人を乗せたシルフィードが学院へと飛び立っていった。 「嫌よ、なんでわたしがそんな事しなくちゃいけないのよ」 もう爽やかさすら感じられる即答である。 「なんでだよモンモン」 「誰がモンモンよ!」 「やっぱりまだギーシュの事…」 「ギーシュ?誰だそりゃ」 その疑問に答える者は居ないが、何となく非常に気まずいという事は分かる。 しばらく黙っていたが、モンモンが少しからかい気味に条件を出してきた。 「…そうね、ここで土下座でもしてくれればやってあげてもいいわ」 「土下座!?いくら喧嘩してるからってそこまでさせることないだろ!」 「これは、わたしとルイズの問題よ」 才人の抗議を、その一言で押し止めルイズを見る。 少し震えてるようだったが、まぁ想定内だ。 モンモン自身、あのルイズがそんな事できるわけがないッ!x4と思っていたからだ。 (次は、怒りながら杖を出してくるってとこかしらね) だが、違った。床に膝を付いている。やる気だ、こいつは焼き土下座でもするという目だッ! そう思ったか知らないが、才人が止めに入った。 「や、止めろって!そんな似合わないことするなんて、お前らしくないって!」 「いいの!わたしがこうしたいんだもん!」 「あーーーもう!土下座なら俺の方が得意だろ!俺が代わってやる!」 得意とか不得手とかそういう問題ではないだろうが、そんなテンパり気味の二人を見てモンモンが呆れたように言い放った。 「分かったわよ、行けばいいんでしょ行けば」 「でもまだわたし…」 「ホントは最初から分かってたのよ…仕方ないって。あんなのに決闘挑んだんだから」 「じゃあなんで土下座なんてさせようとしたんだ?」 「『覚悟』…っていうのを見てみたかったってとこね。ホントにするとは思わなかったけど」 「じゃあ、解決したんだな。ならラグドリアン湖に戻ろう。ルイズ、モンモン」 「だから……モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ」 「長い。やっぱモンモンだな」 「やっぱり行くの止めようかしら」 「ごめん、だから行こう。な?」 三人がシルフードに乗り空に浮くとモンモランシーが小さく呟くように言った。 「これが、さよならを言うわたしよ、ギーシュ」 シルフィードが飛び立った後、その場所に薔薇の花びらが7枚舞った。 そして再び、森だが 「っぁ…ハァーーー…ハァーーー…クソが…」 もう一人も直で老化させたのだが、さっきのと同じように枯れ果ててはいるが、まだそいつらは動こうとしていた。 息が荒いのは珍しく我を忘れていたからだろう。 老化させて脆くなった骨をヘシ折ってもすぐ治るわで死なないのだ。 「ハァー…どうなってやがんだよこいつは」 一度息を大きく吐き出すと冷静さを取り戻したが、やはり胸糞が悪い。 老化が継続している限り危害は無いだろうが、正直言うとキモイ。 なにより、一刻も早くカタを付けたかった。 「……燃やすか」 ここまで来るとゾンビ扱いだ。となると燃やすのが一番手っ取り早いと判断した。 念のために老化させた草を集め、持ち込んだライターで火を付ける。 水分なぞ、ほとんど飛んでいる敵と草だ。非常によく燃える。 まぁだからこそ、まだ動こうとしている事がありえないのだが。 燃え尽きた死体を見て忌々しげに呟く。 「ギアッチョが居りゃあな…」 ホワイト・アルバムなら、絶対零度で凍結させ粉微塵に砕くことができる。 そんな事を考えていると、聞きなれた音が聞こえてきた。 「…あいつらも来たのか」 遠目だが、街道を低空飛行するシルフィードが目に入った。 森に入って死体を焼却処分していたため気付かれる事は無いだろうが、一応木の影に身を隠しながら高速で移動しているシルフィードを見送る。 「あれなら、すぐ追いつくだろうが…オレも行った方が良さそうだな」 老化で一度足を止めさせ直を叩き込んだ自分でもこれだ。ルイズ達だけだと、危ないかもしれんと判断し後を追う事にした。 10分程バイツァ・ダスト 「アンドバリの指輪でウェールズ皇太子を蘇らせて姫様をさらうなんて… やっぱり、あの時似てるって思ったのは気のせいなんかじゃなかったんだわ!」 「実は生きてたんじゃねぇの?」 「そりゃねぇな相棒。兄貴が完全に死んでるって言ってたし、城の中に敵が雪崩れ込んできたしな」 アルビオン以降にやってきて状況を知らない才人にデルフリンガーがカタカタと音を出しながら説明をしている。 万が一生きていたとしても、あれだけの敵が雪崩れ込んできたのなら、確実に首を取られるはずだ。 「銃士隊の人たち…大丈夫かしら…」 モンモランシーを連れてくればよかったと思ったが、無理言って水の精霊を呼んでもらったのだ。戦いになるかもしれないのにこれ以上巻き込みたくなかった。 「…見つけた」 シルフィードの目を通してタバサが、前を走る三頭の馬を見つけ馬の前にシルフィードを出した。 「ウェールズ皇太子!」 ルイズが叫び驚愕する。やはりウェールズだった。 才人はウェールズを知らないが、そのやり口が気に入らなかった。 ウェールズ自身にではなく、指輪を盗み偽りの命を与え、意のままに操っているクロムウェルが。 「あんたはもう死んでるんだろ!?姫様を返せ!」 「初めて見るが、君は誰かな?」 「平賀才人。ルイズの使い魔だよ」 「おや…ミス・ヴァリエールの使い魔は…確かプロシュートというんじゃなかったのかな?」 「どうでもいいだろ、そんな事!」 その叫ぶような声に対してウェールズは微笑を崩さない。 「返せと言ったね。それはできない。彼女は彼女の意思で、僕に付き従っているのだ」 「姫様!こちらにいらしてください!そのウェールズ皇太子は、アンドバリの指輪を持つクロムウェルによって偽りの生命を与えられた皇太子の亡霊です!」 ウェールズの後ろからガウン姿のアンリエッタが現れルイズが叫ぶが、アンリエッタは唇を噛み締めたまま動かない。 「そんな…姫様…」 「見てのとおりさ。さて…取引といこうじゃあないか」 「さて…面倒な事になってやがんな。こいつは」 ウェールズ達から離れる事、約5メートル。追いついたプロシュートが森の中の大木に背を預け立っていた。 もちろん、ルイズ達からは見えない方にだ。 気配を消しながら観察していた時、ルイズ達以外に見知った顔を見つけた 「それにしても、あの時のマンモーニが、オレの後継いで『ガンダルーヴ』ってのになってるたぁな」 顔を確認してあのマンモーニと判断したのだが、とりあえず傍観する事に決めた。 ウェールズが取引という言葉を吐いたからには、今すぐにどうこうあるまいと判断したからだ。 「取引だって?」 「そうだ。ここで君達とやりあっては馬を失う事になってしまうかもしれないからね。そうなっては道中危険だし、魔法も温存したい」 その瞬間タバサが問答無用で『ウィンディ・アイシクル』を叩き込んだ。 『ブッ殺すと心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!!』と言う声が聞こえそうなぐらい躊躇が無い。 何本もの氷の槍がウェールズを貫いたが、倒れず傷口が塞がっていく。 「無駄だよ。無駄無駄、君達の攻撃では、僕を傷つける事はできない」 「見たでしょう!それは皇太子じゃない!別のなにかなのよ姫様!」 傷が塞がる光景を見て顔色を変えたアンリエッタだが、左右に首を振り苦しそうな声を出した。 「お願いよ…ルイズ。杖をおさめて…わたし達を行かせてちょうだい」 「姫様!それは『アンドバリの指輪』でクロムウェルに操られているだけなんです!」 喉が裂けんばかりにルイズが叫んだが、アンリエッタは鬼気迫るような笑みを浮かべている。 「そんな事は知ってるわ。百も承知よ…でも、それでも構わない!ルイズ、あなたは人を好きになったことがないのね。 本気で好きになったら、何もかもを捨ててもついて行きたいと思うものよ。嘘かもしれなくても、信じざるをえないものよ。 わたしは、水の精霊の前で誓約の言葉を口にしたの。『ウェールズ様に変わらぬ愛を誓います』と。だから行かせてルイズ。わたしからの最後の命令よ」 アンリエッタの決心の固さに負けたのかルイズが杖を降ろし一同がそれを呆然と見送ろうとし、唯一の生者を含んだ死者の一行がその先へと進もうとしていた。 木の影でそれを見ていたプロシュートが、ゆっくりとグレイトフル・デッドを発現させる。 さらに近付き、距離にして4メートル。不意を突き直をぶち込むには十分すぎる距離。 バレちまうが、この際仕方ないとしたのだが、不意にそれを中断する。 ウェールズ達が進もうとする先に、デルフリンガーを構えたマンモーニが居たからだ。 「姫様…悪いけど言わせて貰うよ。俺は生きてる頃の皇太子様とも会った事が無いし、恋も、愛も知らない。 ルイズを今まで助けてきたのだって、俺じゃない。でも、そんなのが愛じゃないって事ぐらいは分かるんだよ!」 「これは命令よ…どきなさい!」 全身を震わせながら叫ぶ才人と、精一杯の威厳を振り絞りアンリエッタの叫びが重なる。 「あいにく、俺はあんたの部下でもなんでもねぇ。 俺はルイズの使い魔だ。使い魔は主人の命令しかきかないんだよ。どうしても行くって言うんなら……仕方ねぇ。俺はあんたをたたっ斬る!」 それを聞くとグレイトフル・デッドを引っ込め木に背中を預け目を閉じた。 「マジにあいつ、あそこでオレに土下座してたやつか?ま…しばらくはオメーに任せてやるよ、しばらくはな…」 もちろん、最後の最後に危なくなれば出ていくつもりだったが、どんなヤツかという事も見てみたくなったからだ。 目を閉じていると、魔法が飛び交う音が聞こえてくる。 キュルケが炎が効く事に気付いたようだが、天から一滴、水が落ちてきた。 「不味いな…」 雨が降れば火の威力が削がれる。魔法がそれに当てはまるかどうかは知らないが、とにかく不味いと判断した。 木の下にいるだけあって、そう濡れてはいないが、街道で戦っている方は、本降りになった雨をモロに受けている。 「杖を捨てて!あなたたちを殺したくない!雨の中では『水』には勝てはしないわ!」 「…そうなんか?」 アンリエッタの勝ち誇ったような叫びを聞き、才人がウェールズ以外の死者を焼き払ったキュルケに尋ねたが、『やれやれだぜ』と言わんばかりに肯定された。 「こんなに雨が降ってちゃ、あたしの『炎』も水の壁に遮られるわね。タバサの壁と、あなたの剣じゃ傷を付ける事もできないし…打ち止め。負け!」 「しかたないわ…逃げましょう。ここで、あんたたちを死なすわけにはいかないもの」 皆が逃げようとするが、才人だけはそこに留まっていた。 「なにやってるの!勝ち目無いんだから、逃げないと!」 「なぁ…デルフから聞いただけなんだけど、プロシュートってやつは逃げたのか?」 「どうでもいいじゃない!そんな事!!」 「ニューカッスルってとこでも、死にそうになりながらでも敵に向かっていったんだろ?」 「そりゃな、『一度敵のノドに食らい付いたら、なにがあろうと離したりしない』ってのを地で行くのが兄貴だったし」 「じゃあ俺もそうする」 それを聞いてルイズが絶句した。 (あの馬鹿ハムッ!居なくなったのに妙なとこで影響ださないでよ!!) 心底そう思うが、言う相手が居ないのでどうしようもない。 「あんたとあいつは違うの!だから逃げる!命令よ!」 「違うって、何が違うんだよ。お前を守ってたんだろ?だから俺もお前を守ってやる」 本物のド平民の才人と現役暗殺者でスタンド使いだから違うという事だったが、妙にプロシュートに対抗意識を燃やしている才人は気付く術は無い。 ちなみに、プロシュートからは『守る』とか言われた事はないので直接才人に言われた分、ルイズの心拍数は上がっている。 無駄にルーンが光出すと、デルフが間の抜けた声をあげた。 「あー、わり、忘れてた。あいつ、随分と懐かしい魔法で動いてやがんなぁ」 「はい?」 「いや相棒、マジごめん。でも俺が思い出した。 あいつらと俺とは根っこは同じとこで動いてんのさ。『先住』の魔法ってやつでさ。ブリミルもあれにゃあ苦労したぜ」 「言いたい事があるなら、ハッキリ言いなさい!役立たずね!」 「役立たずはどっちだよ…バカの一つ覚えみてーに『エクスプロージョン』ばっか連発じゃねぇか そいつは強力だが、精神力を激しく消耗する。この前みたいなデカイのなんて兄貴でもない限り、一年に一度撃てる撃てねぇかだ」 「じゃあどーすんのよ!」 「ブリミルが対策練ってるはずだぜ。祈祷書のページをめくってみな」 ルイズが祈祷書をめくると、新たに文字が書かれたページを見つ文字を読み上げる。 「…ディスペル・マジック?」 「そいつだ。『解除』魔法。それならアンドバリの指輪の効果も消えるはずさ」 逃げ出さないルイズ達を見て、アンリエッタが悲しげに首を振ったが顔をあげ呪文を唱える。 「これ以上…行く手を阻むなら…!」 「愛している。アンリエッタ」 その言葉とウェールズの笑みを見ると、アンリエッタの心が熱く潤む。 僅かに頷くと、二人が同時に詠唱を始めた。 『水』『水』『水』そして『風』『風』『風』。 水と風の六乗。 通常ならトライアングル同士といえど、このように魔法を重ねるなどほとんどできはしないが、選ばれし王家の血が可能にする。 王家のみに許されたヘクサゴン・スペル。その圧倒的破壊空間は、まさに歯車的水竜巻の小宇宙ッ! 謳うようなルイズの詠唱を聞き勇気が沸いてきた才人だったが、デルフリンガーがヤバそうに呟く。 「やっべぇなぁ。やっぱ向こうが先みてぇだ」 慌てたキュルケがウェールズとアンリエッタに炎を放ったが、全て二人の周りを回る水竜巻によって掻き消され水蒸気を出している。 「…どうしようか」 勇気は沸いていたが、さすがにどんどん膨らんでいく水竜巻を見て、その言葉が出た。 「どうするもなにも、あの竜巻を止めるのがお前さんの仕事だよ。ガンダールヴ」 「俺かぁ…でも不思議だ。あんなでっかい竜巻だってのにちっとも怖くねぇ」 「詠唱中の主人を守るのがガンダールヴなんだからな。相棒の仕事はそれだけだ 主人の詠唱を聞いて力がみなぎるってのは、母親の笑い声を聞いて赤んぼが笑うのと同じで、そういう風にできてんのさ」 「簡単でいいな。…プロシュートってやつもそうだったのか?」 「…あー、いや。兄貴は…どうだろうな。まぁいいか。任せた」 使われていたデルフリンガーすら分からない。なにせ攻撃が最大の防御を地で行くあのギャングである。とてもじゃないが想像できなかった。 「楽勝だ。俺は虚無の使い魔だぜ」 そう言うと竜巻を迎え撃つべく向き直ったが、デルフリンガーが少し異変に気付いた。 「お…見ろよ、何か竜巻の大きさが小さくなったみたいだぜ」 「本当だな」 ヘクサゴン・スペルの詠唱を行っていたアンリエッタが、僅かだが、ウェールズとの詠唱が合わなくなっている事を感じていた。 (そんな…どうして…!) 体のあちこち、特に関節が痛くなり、疲れが出てくる。 まるで、極限まで無理をして魔法を使った後のような感じの疲れだ。 二人の呪文が完成し、水竜巻が放たれたが、本来の威力とは程遠いものだ。 才人がその前に出てデルフリンガーで受け止めた。 「これなら…なんとかなりそうだぜ相棒」 デルフリンガーを中心にして水竜巻が回転する。 飲み込まれそうになるが足を踏ん張り耐えていると、デルフリンガーが水竜巻を全て飲み込んだ。 「ごちそーさん」 「お前、ホント伝説なんだな」 「あたぼーよ」 そうこうしていると、ルイズが詠唱を完了させたのか、後ろから『ディスペル・マジック』を叩き込んだ。 アンリエッタの周りに、眩い光が輝きウェールズが崩れ落ちる。 それに駆け寄ろうとしたアンリエッタだったが、不完全だったとはいえヘクサゴン・スペルを使った精神力の消耗と謎の疲労のおかげで意識を失い地面に倒れた。 だが、倒れ意識を失う瞬間に、その謎の疲労は霞のように消えてく事を感じていた。 「ふん…オレの老化に巻き込まれてそれだけで済んだなんざ、運の良いヤツだぜ」 ヘクサゴン・スペルは選ばれし王家の血を持ち、息が合わねば不可能だ。 広域老化を発動させたのは、キュルケが二人に向け炎を放ち、それが二人の周りを回る水竜巻に掻き消された時。 「水蒸気がある分、蒸し暑いだろーからよ」 夜、しかも雨が降っている状態では、体は当然冷えて広域老化の効きは非常に悪い。 だが、キュルケが放った炎の熱量は相当なものだ。掻き消されたとはいえ、それなりの水を蒸発させ水蒸気を発生させる。 もちろん、その湿度を伴った温度がダイレクトに届くわけではないが、ほんの少しアンリエッタの体温を上げるには十分だった。 しばらくしていると、アンリエッタが目を覚ました。 冷たくなり、転がっているウェールズを見て悪夢から覚め正気に戻ったらしい。 「わたくし…なんてことをしてしまったのかしら…」 「目が…覚めましたか?」 両手で顔を覆っているアンリエッタに、いつもの感じの声で問うた。 「なんと言ってあなたに謝ればいいの…?わたくしのために傷付いた人々になんと言って赦しを請えばいいの?教えてちょうだいルイズ…」 「謝るのは後ですよ姫様。向こうで銃士隊の人が沢山倒れてるんです。早く助けないと手遅れになっちまう」 特に、一人離れていた場所で気絶していた人なぞ、早く手当てしないと本当に死んでしまうかもしれなかったからだ。 「そうだわ…アニエスにもひどい事をしてしまったわね…」 ウェールズの死体を木陰に運ぶと、銃士隊の面々が倒れている場所へと戻っていった。 見えなくなると木の後ろに居たプロシュートが出てくる。 こっちに持ち込んできたタバコを咥え火を付けた。 「…ちッ!」 だが、タバコは完全に水に濡れていて火は付かない。 本来、吸う事は滅多に無いが、そうさせたのは心の奥底に沸き立つドス黒い感情からだろう。 (何時以来だったかな…こんだけムカついてんのはよ) 少し考えたが、思い出した。 というより、あまり思い出したくなかったので忘れようとしていただけかもしれない。 「ソルベとジェラートの時…か」 ジェラートが猿轡を飲み込み死に、ホルマリン漬けにされた輪切りのソルベが送られてきた時。 あの時も、今のようなドス黒い感情が湧き出ていた。 殺すだけではなく、その死体すら利用するボスのやり口を見た時と同じだ。 誇りも何もあったもんではない。 暗殺チームに属しているからには、常に死ぬという事を覚悟してやってきているが、その覚悟している死すらも踏みにじるような行為を見た時だ。 あの時は、ギアッチョが今にも飛び出しそうな勢いだった。 リゾットが何時もと同じ、冷静さを保った顔で抑えていたが、それにギアッチョが反発していた。 「腑抜けやがったのかてめーはッ!?仲間が殺されてんだぞ!オレ達は暗殺チームだろーが!『恩には恩を仇には仇を』が、あんたの流儀だったんじゃあねーのかよ!」 もちろん、今動けば何もできないという事は理解していたが、このドス黒い感情からプロシュートも一瞬だが、ギアッチョに賛同しかけた。 「抑えろ…今、行動を起こせば。オレ達はボスに近付く事すらできない…耐えろ…仇は…必ず返す…!」 だが、続くリゾットの言葉に、そのドス黒い感情が四散した。 言葉だけなら、そうならなかっただろうが、リゾットの肩からカミソリが飛び出し血を流していたからだ。 リゾットは常に感情を抑え、一定の態度を保ち続けている。冷徹と思われてるかもしれないが、実際のところそうではない。 チーム1の苦労人でもあるが、チーム1諦めが悪い男でもあるからだ。 メタリカが暴走しかけているのにリゾットは冷静さを保ち、チームを纏めようとしている。 そんな姿を見たからこそ、そのドス黒い感情を抑えた。 だが、この感情はその時の物を遥かに上回る。 死体を利用するという点では同じだが、死体だけではなく、精神…魂すらも踏みにじっている。 ウェールズの肩を掴んだときに感じた冷たいものは、多分そのせいだろう。 仮定の話として、リゾットやメローネ…チームの仲間が、偽りの精神だけ与えられていればどうするか。 決まっている。速やかにブチ殺し、そんなナメた真似したやつに生まれてきたことを後悔させるような方法で殺す。それだけだ。 そんな事を思いながらウェールズの死体に近付いたのだが…。 「やぁ…どこかで見たと思ったら…やはり君だったのか」 「…ッ!」 まだ動くか。そう判断し直を叩き込もうとしたが、着ている白いシャツに赤い染みが広がるのを見て止めた。血が流れ出ると言う事の答えは一つだ。 「…手間かけさせやがって。やっと戻ってきたみてーだな」 「ヘクサゴン・スペルの最中にアンリエッタの息が合わなくなったのは君の力なんだろう?…おかげで、アンリエッタが誰も傷つけずに済んだ…」 「ハ…ッ!てめーは思いっきりやっといてそれか?ナメた口利いてんじゃねぇ」 「はは…耳が痛いな…最後に一つ頼みがある」 「死人の分際でなに贅沢抜かしてやがる」 「アンリエッタを赦してやって欲しい…彼女は悪い夢を見ていただけなんだ。ウェールズ・デューダーという仮初の悪夢を」 「オメー1人の責任だって事か?確かにオメーがそそのかしたみたいなもんだからな……だが断る」 「…!?」 「赦す?ナメんな。一発言ってやらなきゃあ分かるモンも分かんねーんだよ。同じ事やらかしたら、次なんてねーんだからな…」 ギャングの…特に暗殺の世界において、二度目というのは、ほぼ無いと言っても等しい。 だからこそ、一度失敗をした時には、それを教訓として心に刻まねばならない。 ペッシをブン殴っていたのもそれが理由だ。だからこそ、その言葉には重みがある。 「そうか…なら言い直すとしよう。君にもアンリエッタを頼みたい」 「暇がありゃあな…で、どうすんだ?これ以上利用されねーようにしてやってもいいが」 そう言うと手を翳す、老化させれば利用することもできないだろうと思ったからだ。 「それはアンリエッタに頼むとするよ。君には改めて礼を言わせて貰う。ありがとう…」 「死人の礼なんざオレの耳には聞こえねーよ」 踵を返しウェールズの元を離れる。そうすると銃士隊の治療を終えた一行が戻ってきた。 正直言えば、アンリエッタに蹴り入れて説教したいとこだったが、例のドス黒い感情が上回っておりそれはしなかった。 「クロムウェルだったな…」 言われていた名前を反復する。 これからどうするかと思っていたが、一つの結論に達してドス黒い感覚が一気に消え去った。 何のことは無い。いつもやっていた事をやるだけだ。つまるとこ暗殺を。 そう結論付けると、侵攻が起こった時どうするかと考えていた事がバカらしく思えてきた。 ルイズが行きたいというのなら行かせてやればいい。マンモーニだが、そこそこ根性のある使い魔も居るようだ。ならオレは勝手に得意な事をやらせてもらう。 いっその事、干からびたクロムウェルとかいうヤツの死体をアンリエッタに投げつけてやるというのもいいかもしれないと思った程だ。 もちろん、暗殺である以上は、これまでどおり姿を隠し情報を集めるなどをしておかねばならないが。 しばらくすると、ウェールズを乗せたシルフィードがどこかに向かって飛び立ち、木の影からそれを見送る。 「オメーに言うのは二回目だったな……アリーヴェ・デルチ」 いつの間にか巨大な雨雲は去り、二つの月が森を照らしていた。 プロシュート兄貴―暗殺執行前、潜伏進行中 ルイズ&才人―進んだような進まないようなそんな微妙な感じ。 ギーシュ―ようこそ…思い出の世界へ… 戻る< 目次 続く
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フーケ捕縛から数日経ったが未だイタリアへ戻る手段は見つかっていない。 左手のルーンは『ガンダールヴ』の印というもので始祖ブリミルの使い魔で武器全般に精通していたらしく パンツァーファウストの使い方が分かったのもこれの効果らしかった。 グレイトフル・デッドを使い敵を排除してきたため今まで気付けなかったのだが武器なら特になんでもいいらしく発動するらしい。 「ふん…スピードとパワーが上がっているが…本体に上乗せされる形みてーだな」 デルフリンガーを持ち試してみて確認できたのは 1.本体のスピードとパワーの上昇 2.武器の使用方法が理解できる この二つだ。 スタンドも同時に発動させてみるが、グレイトフル・デッドの破壊力と精密性とスピード自体は上がっていない。 直触りに関しては、本体が直触りを仕掛ければ済むが片手が塞がってしまう事で攻撃は弾いたりする事は可能だが直は片手のみで行う事になる。 「本体のパワーアップか…スタンドの能力を重視するか…か。両方できりゃあいいんだが、そう都合よくはいかねぇもんだな」 錆を落としながら (リゾットならメタリカですぐ落とせるんだろうがな) と思っているとデルフリンガーが口を開いた。 「兄貴ィ、兄貴の横に居る化物は何なんだ?」 「……オメー、スタンドが見えているのか?」 「見えてるというより感じていると言った方が正しいぜ」 「まぁ剣が話してる事自体異常だからな…感じ取れても不思議じゃあねぇが」 「それにしてもおっかねぇよなぁ…夜に他のヤツが見たらぜってー茶ァ出すね」 「違いねぇな」 茶の部分はスルーし、己のスタンドを改めて見る。 下半身は存在せず胴から下は触手が『ウジュルジュル』と言わんばかりに蠢き無数の眼を持ちそこから煙を出しながらにじり寄ってくる化物を夜に見れば誰だってビビる。 ペッシが初めてグレイトフル・デッドを見た時なぞ本気で泣いていた事を思い出す。 もちろん説教に突入したのは言うまでもないが。 錆落としと印の効果を試し終えると、爆睡かましているルイズを叩き起こし授業へと向かう。 正直興味は無いが『護衛』継続中であるからには一緒に出ておかねばならない。 適当にルイズの近くの席に座る。 さすがにこの段階になって誰もその行為にケチ付けようとする者は居ない。 そこに新手の教師が現れる。 長めの黒髪に漆黒のマントを纏い冷たい外見と不気味さを併せ持った男だ。 「…雰囲気がリゾットに似てるな」 「リゾット?誰それ」 「オレ達のリーダーだ」 男が『疾風』のギトーと名乗った。 外見に反して結構若いらしく、その辺りもリゾットに似ている。 だが、性格そのものはリゾットとは大違いで一々人を挑発するような言い方をする。 (夜道に後ろから刺されるタイプだな) 率直にそう思う。 プロシュート自身、些細な恨みを積もらせ殺されたヤツを腐る程見てきた。 挑発に乗ったキュルケが直系1メイル程のファイヤーボールを作り出しギトーに向け放つが ギトーは腰に差した杖を引き抜きそのまま剣を振るような動作で烈風を作り出し火球を掻き消す。 その烈風に吹っ飛ばされキュルケがこっちに吹っ飛んでくるが避けるのも何なので一応受け止めた。 それが元でルイズとキュルケが睨み合いを始めるがギトーはそれを無視するかのように解説を続ける。 「『風』は全てをなぎ払う。『火』も『土』も『水』も『風』の前では立つことすらできない 試した事は無いが『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。つまり……『風』が最強だぁぁぁ!はらしてやるッ!!」 もちろん様々なタイプのスタンド使いと戦ってきたプロシュートはそうは思わない。 地形、相性、策、他にも色々あるが様々な要因で勝敗が変わる事を身を以って知っている。 グレイトフル・デッドの老化がギアッチョの氷に通用しないがリゾットの磁力では氷を突破できる事を。 そしてまたリゾットが姿を消したとしても自分の能力ならば見えなくとも攻撃できる。 ホルマジオがよく言っていたが要は使い方次第で幾らでも変わるのだ。 ギトーがヒートアップしながら 「カスのくせによォォ~~ええ!ナメやがって、てめえ!」 と呟いているがそこに妙な格好をしたコルベールが乱入してきた。 プロシュートが思わず(どこのルイ14世だ)と突っ込みを入れたくなるぐらい不似合いな格好で。 その慌てている様子から見てかなりの大事なのだろうと予想を付ける。 コルベールが授業の中止を告げると教室が歓声が上がった。 「本日先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニア御訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸されます」 早い話偉い人が来るから出迎えの準備を生徒全員で行うという事である。 魔法学院の正門を通り王女を乗せた馬車を含めた一行が現れるのと同時に生徒達全員が杖を同時に掲げる。 北の将軍様も驚きのタイミングだ。 オスマンが馬車を出迎え絨毯が敷かれ馬車の扉が開き先に男が先に外に出て続いて出てきた王女の手を取った。 同時に生徒達から歓声が沸きあがる。 「随分と人気があるみてーだな」 「当然じゃない、トリステインの花って言われてるのよ」 だがプロシュートの興味は王女より鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に乗った羽帽子の男を見ていた。 (マンティコア…いやグリフォン…だったか?メローネがやってるゲームで見た事あるが 貴族ってのはマンモーニばかりだと思っていたが…やりそうなのも居るじゃあねーか) ルイズやキュルケもその男に視線がいっているのだがプロシュートも見ているため気付いていない。 三者三様の視線が浴びせられている事も気付かず男は去っていった。 夜になり部屋に戻ったルイズとプロシュートだがルイズがベットに腰掛けたまま動こうともせずポケーとしている。 別にプロシュートにとってはどうでもいいのだが何時もと違う様子にはさすがに違和感を感じていた。 しばらく何もしないでいると、プロシュートの顔が瞬時に暗殺者のそれに変化したッ! (……一人だが…抜き足差し足でこっちに向かってきてるな) その時ドアがノックされた。 規則正しく長く2回、短く3回ノックされそれを聞いたルイズがハッと気付いたかのように反応した。 だがスデに警戒態勢に入っていたプロシュートの方が早い。 急いで着替えているルイズを尻目にドアを慎重に開ける。 真っ黒な頭巾を被っていた人が部屋に入ってきたのを見た瞬間――― 「きゃ……ッ……ッ…!」 プロシュートが流れるような動きで叫ばれないように口を押さえ押さえ込むようにそいつを地面に押し付けていた。 「…オメーみたいにあからさまに怪しいヤツってのも今時珍しいが そんな格好で人の部屋に入ってくるって事は賊とみなされても仕方ないって『覚悟』してきてるんだろうな」 言いながら、頭巾を剥ぐがそれより先に何かの魔法を使われた。 「ーーーッ!グレイトフル・デッド!」 何かの魔法を使われたからには老化させるしかない。その結論に達し直触りを仕掛けようとした刹那―― 「やめてプロシュート!そのお方は姫殿下よ…!」 慌ててそう叫んだルイズが膝を付いた。 その声に瞬時に反応し直触りを中止する。 頭巾を剥いだ顔を見る、興味が無かったためあまりよく見ていなかったが確かに昼間見た王女だった。 それを確認し、拘束を解くがまだスタンドは何時でも触れられるようにしてある。 アンリエッタが多少苦しそうに、だが凛とした声で言った。 「お久しぶりね…ルイズ・フランソワーズ」 ←To be continued 戻る< 目次 続く
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教室は石造りのいわゆる階段教室だったが、部屋に入るサイズの物だけとは言え、使い魔となった 様々な生物が最後部に並んでいる所だけはジョナサンの「教室」の概念からかけ離れていた。 一部の使い魔はイギリスで見慣れた種類の動物なので猫だ烏だと見分けが付いたが、古代ギリシアの伝説やおとぎ話に出てくるような妖怪変化の類になると名前はおろか動物なのかどうかも外見だけでは分からなくなってくる。 ルイズは生徒用の席と立ち並ぶ使い魔、そしてジョナサンを何度か見比べてから、 「椅子に座ってなさい。あんた図体が大きいから立ってると他の使い魔の邪魔よ」 と自分の席の左隣を指差す。 「仰せのままに」 ジョナサンは大きな体を長椅子の端に押し込む。 ルイズがちらりと顔色を伺うが何を考えているかは掴めない。 その後数人の生徒が入ってきた後で、教師と思しき年かさの女性が入ってきた。 教師は「赤土」のシュヴルーズと名乗り、教室に並ぶ生徒達の顔をざっと見回す。 「皆さんが無事に『春の使い魔召喚』を済ませたのを見て、私も誇りに思います。 中には珍しい使い魔を召喚した方もいるようですが」 教室中の視線がルイズとジョナサンに集まる。 「おや?ヴァリエールの使い魔は平民じゃあないか!確かにこいつは珍品だ!」 「さすが『ゼロ』!オレたちにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれる!あこがれるゥ!」 劇がかった口調で数人の生徒がはやし立て、「ルイルイルイズはダメルイズ…」の合唱に入ったところでシュヴルーズの杖が振られると、 「使い魔は術者の術の表れ。そして召喚した使い魔はメイジにとって己の半身に等しい存在なのです。 使い魔を侮辱する事はメイジを、そしてメイジの操る魔法を侮辱する事に他なりません。猛省なさい」 途端に歌声が止む。 ジョナサンが肩越しに後ろを伺うと、生徒の何人かがせっせと口中から粘土を掻き出していた。 「では授業を始めます。皆さんは私とこれから一年間『土』属性の魔法について…」 毎年ごとに繰り返す口上をそらんじながら、シュヴルーズはほぼ満足だった。 教師が生徒にナメられないコツ、それは教室の中では誰がボスなのか、最初にその事をアホガキどものクサレ脳ミソにはっきりと刻み込むこと。 そのために効果的な手段が授業の障害となる問題児の実力排除。 今年はミス・ヴァリエールをダシにして即座に問題児をあぶり出せたので楽でいい。 決め台詞も噛まずにバッチリ決まった。 ただ今年のクラスにおける最大の不安要素もまた、ミス・ヴァリエールだった。 学業成績は優秀、素行にも問題点は無し、そのくせ実技成績のみ最下位をキープし続けている、学園創設以来の規格外。 教室全体に目を配るフリをしながら、シュヴルーズは常にミス・ヴァリエールを見張る。 彼女に魔法を使わせる口実を探すために。 授業中もルイズの心中は穏やかではなかった。 ミス・シュヴルーズがバカどもを黙らせた手腕は鮮やかだったが、結局使い魔をダシに自分が侮辱されたことには変わりはない。 (そもそもこいつが来なければ…) 苦々しく左に座るジョナサンを見ると、ミス・シュヴルーズの講義に神妙に聞き入っており、更に石を練成し、青銅へと変えた時には相当驚いた様子だ。 (そうそう、少しはメイジに対し敬意を払って欲しいわね) チャンスが来た。 咳払いを一つ。声を張り上げる。 「ミス・ヴァリエール!授業中によそ見をしているという事は、授業の内容を既に理解しているのですね?」 「あ!はいっ!」 ミス・ヴァリエールは慌てて立ち上がり(いい反応だ)、 「では前に出て、実際にこの石を『錬金』で金属に変えてみてください。青銅でなくとも結構ですよ」 「…もう、あんたのせいよ!」 道を譲る使い魔の平民に言い捨てて、緊張した面持ちで教壇に上がる。 教室からはクスクスと笑い声が聞こえる…かと思ったが不安そうな囁きしか聞こえない。 既に身構えている生徒もいる。 「あの…ミス・ヴァリエールに魔法を使わせるのはやめた方が…」 水を差すのはミス…ツェルプストーか。 どう言い返そうか思案していると、 「やります。やらせてください」 ミス・ヴァリエール自身から申し出がある。 (意欲はあるのね…結構。ではお手並みを拝見) 「ではお願いしますよ」 シュヴルーズは笑みを浮かべる。 駆け出しの「ドット」メイジでも道端の石を卑金属に変える程度なら造作も無い。 (…はずなのよルイズ、集中するのよ…) 頭の中で組み立てた術式を三度見直し、 (青銅でなくてもいいから、鉛でも錫でも亜鉛でもいいから、せめて何か金属に変わりなさい…) 口訣で魔力に術式を刻み、杖を介して石に注ぎ込む。 純粋元素に還元された石が一瞬輝き、 「うわあぁぁぁッ!『ゼロ』が唱えたああぁぁッ!」 教室中の生徒達が慌てふためいて机の影に隠れるのと同時に、 「ちょっとみなさ…」 事情を理解できていないシュヴルーズの目の前で、爆発した。 爆発で生まれた衝撃波は石が乗っていた机の半分をズタズタに引き千切り、シュヴルーズを黒板まで吹き飛ばし、ルイズに尻餅をつかせる。 砕けた木片は教室のあちこちに飛び散り、窓ガラスを割り、黒板にひびを入れ、制御が失われた使い魔達に当たり大騒ぎを引き起こす。 何が起こるか予想済みの生徒達は全員が石造りの机のお陰で難を避け、そんな中で唯一隠れ損ねたジョナサンは反射的に手を前に伸ばし指を広げ、 「おりゃっ!」 眼前に飛んできた木片を挟み取る。 爆煙と埃が収まった時、魔法を掛けられた石は跡形もなく消えていた。 「…失敗しちゃったみたいね」 スカートの裾を整えつつ言うルイズの声は実に白々しかった。 担当教員のシュヴルーズがのびてしまったため結局授業は中止、元凶のルイズには罰として教室の掃除が命じられた。 「…但し魔法は一切使わないよう頼むよ」 駆けつけた教師は重々しく付け加え、気絶したシュルヴルーズを医務室へと運び出す。 「ありがとよ!『ゼロ』のお陰で楽できたぜ!」 「せいぜい掃除がんばりな、魔・法・な・し、でな」 小馬鹿にする声を勤めて無視。いちいち気にしていたのではこちらが参ってしまう。 「ほら!使い魔なんだからあんたが掃除しときなさいよ!」 ルイズの怒声に立ち上がるジョナサン。 「これは君が受けた罰だ。僕は君を手伝うつもりだが、だからといって授業を中断し教室を使えなくした君が掃除をしなければ、先生が君に罰を下した意味が無くなる」 「う…わ、分かってるわよそんなの!じゃあ手伝いなさい!」 慌ててルイズは教室の隣にある掃除用具入れに向かうが、足を止めて振り向く。 「あとご主人様に逆らったから昼食抜き!」 二人は暫くの間黙々と手を動かしていたが、そのうちルイズがぽつりと口を開く。 「分かったでしょ?何で『ゼロ』って呼ばれているか」 その声には今までのような覇気は無い。 「どんな魔法を使おうとしても失敗するの。いっつも爆発してばかり。 成功率ゼロ。魔法のセンスゼロ。だから私の二つ名も『ゼロ』のルイズ」 ジョナサンは木片を拾う手を止め、 「…君は魔法が『失敗』したから『爆発』した、と考えているんだろうけれど…」 顔を上げ、ルイズの瞳を真っ向から見据える。 「果たして本当にそうかな?」 「な、何でそんな事言えるのよ?」 「授業の内容を思い出していたんだ」 顔を伏せ、また木片拾いに戻りながら話し続ける。 「人間に個性があるように、メイジの操る魔法にもそれぞれ個性がある。 その個性は大まかには地水火風の四元素、どの操作を最も得意とするか、という形で現れる。 『使い魔は術者の特性の表れ』と言ったのも、召喚する際に得意とする元素の要素を何らかの形で持ち合わせた生き物を自然と呼び寄せているからだろう」 「あ、あんた…いつの間に…」 机の上を拭くルイズの手が止まる。 「魔法が失敗した時に普通はどうなるのかは知らないが、少なくとも常に『失敗すれば爆発』という乱暴な結果になるとは思えない。 石の『錬金』に失敗すれば石は石のまま、という方がより自然だ」 立ち上がり、拾った木片をゴミ箱へと持っていく。 「そして僕を使い魔として召喚し、契約を成功させた事からも、僕の見る限り君は魔法を使えるし制御もできていると思う」 「な、何言ってんのよ!あんたみたいな平民を召喚したんだから失敗じゃないの!」 「違う。もし君の言う事が正しいなら、召喚の時も、契約の時も、何かが爆発しているはずだ。 …例えばこの僕自身とか」 両手一杯の木片をゴミ箱に投げ入れる。 「だ、だって、それは練成術と召喚術とでは、原理が…」 語尾を濁らせるルイズ。 「君はこう言った。『魔法を使おうとするといつも爆発する』と」 手に付いた土埃をはたき、もう一度ルイズを見据える。 「だったら逆に考えるんだ。君の魔法は『どんな物でも爆破する』んだ、と考えるんだ」 馬鹿にされた、とルイズはまたまなじりを上げる。 「そっ…そんな魔法聞いた事ないわよ!」 「さあ、その辺は僕も知らない。何しろ昨日召喚されたばっかりだし、魔法についての知識も、せいぜい聞きかじった程度だからね」 腰を反らして伸びを一つ。 「さて、早く掃除を終わらせようか。ご主人様に罰を受けて昼食抜きの僕はともかく、 君まで昼食抜きなんて嫌だろう?」
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「シエスタさんが変態貴族のモット伯の所へ奉公することになった。」 「・・・で?」 「助けに行ってくるので今日は休みます。」 「はぁ!?何いってんの!?使い魔に休息なんて無いわよ!!」 「うるせぇ!!労働基準法違反じゃあないか!!」 「だいたい助けるって何するつもりよ!!」 「とにかく今日中には帰ってくるんで!じゃ!」 「あ、こら!待ちなさい!!」 新ゼロの変態 間奏曲(インタールード) さて、こういう場合彼ならどういう行動を取るだろうか? モット伯の所へ殴り込む?彼の性格上、これはないだろう。 しかもモット伯は多少は名の知れたメイジである。 ギーシュなんかとは格が違う。 やはり、口先八丁で丸め込むつもりだろう。こっそり忍び込んで連れ出すつもりかも知れない。 いずれにしろ・・・あまりいい結果は想像できない。 下手したら逮捕される危険性だってある。 そんなことを考えて、ルイズは深いため息をついた。 しかし、当の本人は夕方、シエスタを連れて帰ってきた。 「・・・あんた、何したの?」 「何って・・・シエスタさんを返してもらうようお願いしただけさぁん♪」 「・・・やけに機嫌がいいわね。じゃあ、仕事いつもより多くやっても大丈夫ね。」 「おいおい、そいつはひどいな!HAHAHAHA!」 ルイズは、ノリノリで掃除をするメローネを見て気分が悪くなった。 ルイズは知らない。 メローネがこう呟いていたことを。 「くっくぅ~ん。新しいカモ見つけちゃったぜ。しかも貴族様だぜ。くっくぅ~ん。」
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ニューカッスル城礼拝堂。始祖ブリミルの像が置かれている場所に皇太子の礼服に身を包んだウェールズが佇んでいた。 周りは戦の準備や脱出者の手伝いなどで忙しいため他には誰も居ない。 ウェールズもこの式が終わり次第すぐにでも戦の準備に駆けつける予定だ。 そこに扉が開き。ルイズとワルドが現れた。ルイズの方は昨日プロシュートから式があると聞かされていたものの、まだ戸惑っている。 もっとも、昨日言われた『なら、気絶させてでも連れ帰るか?オメーにそれをやるだけの覚悟があんのならやってやってもいい』 これを本気で考えていたため、結婚の事など頭から消し飛んでいたのだが。 確かに気絶させるなりすればウェールズをトリステインに連れ帰る事はできる。 …だが、問題はその後だ。『自分一人無様に生き残ったと思い命を絶つ』 そうなった場合、下手をすればアンリエッタまでもがその後を追いかねない。 もちろん、自殺するとは限らないが『覚悟』という言葉が重くのしかかっていた。 死を覚悟した王子を止める『覚悟』ができない自分に対して自暴自棄な気になり落ち込ませていた。 ワルドはそんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と告げアルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭に載せ 続いて、何時も着けている黒のマントを外し同じく借り受けた純白のマントをまとわせる。 ワルドによって着飾られても、思考の渦に埋まっているルイズは無反応でワルドはそれを肯定の意思と受け取った。 だが、一つある事に気付いたルイズがワルドに問う。 「………プロシュートは?」 「彼なら今頃イーグル号に乗ってるところさ」 それを聞いた瞬間ルイズの心にさらに影が差す。 あれだけ『今のオレの任務はオメーの護衛だ』と言っていたプロシュートが自分を置いて先にトリステインに帰る。 (何時までたっても『覚悟』ができない自分に対して呆れ見捨てられたんだ……) そう思いさらに自暴自棄な気持ちが心を支配した。 「では、式を始める 新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名においてこの者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズは頷き、今度はルイズに視線を移すが当のルイズはハイウェイ・トゥ・ヘルが発現してもおかしくない状態だ。 そんな、状態でウェールズやワルドの声がマトモに聞こえるはずはなかった。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」 朗々と誓いの詔をウェールズが読み上げる段階になってようやく結婚式をやっているという事に気付いた。 相手は、幼い頃からこの時をぼんやりと想像し憧れていた頼もしいワルド。 その想像が今、現実のものとなろうとしている。 ワルドのことは嫌いじゃない。おそらく、好いてもいるだろう。 でも、それならばどうして、こんなに心に迷いがあるのだろう。 そう思い、宿屋でワルドに結婚を申し込まれた事をプロシュートに相談した事を思い出した。 どうして自分は、プロシュートにそれを相談したのだろうかと思う。 (自分で決められずに他人に決めて欲しかったからだ) なぜ決められなかったか。その答えはスデに自分が知っている。 (肝心な時に『覚悟』ができていなかったからだ) プロシュートがよく言っている言葉を借りれば自分は『マンモーニ』だという事だ。 そして、その覚悟の意味を知っているであろうプロシュートは自分から離れていった。 「兄貴ィィィ起きてくれよォーーー」 壁に打ち付けられ体中に傷を作り血に塗れたプロシュートのが辛うじて握っていたデルフリンガーが己の主の名…もとい敬称を呼ぶが返事は無い。 「『ガンダールヴ』の事を思い出せそうなのに兄貴が死んだら意味がねぇだろうがよォーーー」 だが、それに答えるべき主は沈黙したままだった。 ……… ……………… ……………………………… 気が付くとさっきまでとは別の場所を歩いていた。 見覚えが無い場所ではない。いや…見覚えが無いどころかよく知っている場所 一定のリズムで規則正しく流れる音。自分が召喚される前居た『ヴェネツィア超特急』の中だ。 無意識の内に車両を進むと、一人の男が釣竿を持ってそこに居た。列車に釣竿、ミスマッチもいいとこな組み合わせだがそいつの事はよく知っている。 「ペッシかッ!」 しかし、ペッシはそれに答えずに何かを叫んでいる。 「まさかッ!この糸から墜落した一人分の『体重』っていうのはッ!うっ嘘だッ! う…嘘だ!嘘だッ!あ…兄貴がッ!ま…まさかッ!オ…オレのプロシュート兄貴がッ!う…嘘だ!」 ペッシが床に蹲りパニクって泣き始める 「どうしよう~どうしよう~あ…兄貴がう…嘘だ!!オ…オレどうすれば……? う…ううう…うう~~~そんなぁああああ…亀の中のヤツらも、でっ出てくる!ど…どうしよう~オ…オレ」 『マンモーニ』、その言葉に相応しいうろたえ様だ。当然そんな弟分にする事はただ一つ。 「オレがさっき言った事がまだ分かんねーのかッ!?ママっ子野郎のペッシ!!」 その言葉と同時にペッシの顔面に思いっきり蹴りをブチ込む。それを受けたペッシは吹っ飛びいつもの説教に突入するはずだった。 だが、それは虚空を蹴る。 「なん…だと…!?」 もう一度同じようにして蹴り上げる。だが同じだ。 さっきと同じように空を蹴るだけだ。いや、ペッシには当たっている。当たっているが、何事もなかったかのように『通り抜けて』いる。 「も…もうダメだあああああ」 「なんだパニクってらあ~~~こいつマンモーニだな~ちェッ!」 誰かにまでマンモーニと言われるペッシだがその声の主は老化が解けた乗客だった。 そこでプロシュートが理解をする。自分が居なくなった事により老化が解除された列車だという事を。 そこで全ての光景が途絶え闇になり自分がどこで、何をしていたかを思い出す。 「あの野郎にやられてくたばってるってわけか…」 こうして、考えることができるという事は恐らくまだ生きてるのだろうとそう検討を付ける。 断崖に置かれた樽と同じ状況だ。少しでも押せば谷底に、引き戻せば手元に戻る。 そして、出した結論は一つだった。 「ったく…情けねーなぁおい?何が『腑抜け野郎』だ?誰が『マンモーニ』だ? オレがここで覚悟見せねーと…この先オレがペッシにマンモーニって言われちまうじゃあねーか!!」 その言葉と同時にどこからか 「兄貴ィィィィィィィイイイイイイイ」 と聞こえたような気がし意識が光に包まれた。 「兄貴ィーーーー!」 「ペッ…いやオメーか」 デルフリンガーを杖代わりにして立ち上がる。 状態は最悪に近い。左脚にヒビが入り、全身打撲。おまけに頭も打っていてまだ視界がボヤけている。 「チッ…左目が妙だな…」 「そりゃああれだけ、やられればな」 デルフリンガーは頭を打ったせいだと言うが、それが右目と左目で微妙に違っている。だが、まだその違いに気付けないでいた。 「新婦?」 妙な様子に気付いたウェールズがルイズを見ている。思考の渦からそれに気付いたルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかい?初めての時は事がなんであれ緊張するものだからね」 緊張…などではない。自分は一人では何も決められない『マンモーニ』だ。 だからこそ、今ワルド…いや誰かと結婚する事などできない そう思い、深く深呼吸をし生涯初めての『真の覚悟』を決めウェールズの言葉の途中首を横に振った。 「新婦?」 「ルイズ?」 二人が怪訝な顔でルイズの顔を覗き込んむ。ルイズはワルドに向き直り、悲しくも何かを決意した顔で再び首を振る。 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」 ワルドがルイズの目を見るが、その視線は反らさない。 「日が悪いなら、改めて……」 「そうじゃない、そうじゃないの。ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」 声そのものは小さいが、その言葉には確かに『決意』と『覚悟』が込められていた。 その言葉にウェールズが首を捻る。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。お二人には大変失礼を致すことになりますが…わたくしはこの結婚を望みません!」 その瞬間、ワルドの顔に朱が差し、ウェールズは残念そうにワルドに告げた。 「子爵。誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続ける訳にはいかぬ」 だが、ワルドはウェールズを無視しルイズに詰め寄りその手を取る。 「……緊張しているんだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒む訳がないッ!」 「ごめんなさいワルド。確かに憧れてた、恋もしてたかもしれない。でも…わたし自身がまだ結婚なんてできる段階じゃない」 ワルドがルイズの両肩を掴み熱っぽい口調で語りだし、目が爬虫類を思わせるような冷たい目に変わった。 「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのために君が必要なんだ!」 人格が入れ替わった…そう思えるほどに豹変したワルドに脅えながら何とか首を振る。 「僕には君が必要なんだ! 君の『能力』が! 君の『力』がッ!」 プロシュートが怒っている所を見て怖いと思うことはあったが恐ろしいと思うことは無かった。 あいつが人に対して本気で怒る時は必ず相手に何らかの原因があったからだ。 だけど、このワルドは違う…! 「ルイズ!宿屋で話した事を忘れたか!君は始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長するだろう!君がまだ自分で気付いていないだけだ!その才能に!」 この感情は…恐怖そのものだ。目の前のワルドはルイズが知っているワルドではない。 それだけに、今のワルドが無性に恐ろしかった。 「子爵…君はフラれたのだ。ここはいさぎよく……」 「黙っていろッ!!」 そう叫ぶと再びルイズの手をヘビが獲物に絡みつくがの如く両の手で握る。 「君の才能が僕には必要なんだ!」 「わたしは『ゼロ』よ!そんな才能のあるメイジなんかじゃあないわ」 「何度も言っている!自分で気付いていないだけだ!」 「あなたが愛しているのは、あなたがわたしにあるという在りもしない魔法の才能だけ… そんな理由で結婚しようだなんてこんな侮辱はないわ!そんな結婚…たとえ死んでも嫌よ」 ルイズがワルドの手を振りほどこうと暴れるが離れない、尋常ならざる力で握られていた。 見かねたウェールズがワルドの肩に手を置き、二人を引き離そうとするが突き飛ばされる。 ウェールズが立ち上がると同時に杖を引き抜く。 「なんたる無礼!なんたる侮辱!子爵、今すぐラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ!さもなくば我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!」 その段階になってようやくルイズから手を離すが、その顔はどこまでも優しい、『偽善』で固められた顔だった。 「こうまで僕が言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」 「嫌よ…誰があなたと結婚なんかするもんですか…!」 「ふぅ…この旅で君の気持ちを掴むため随分と努力をしたんだが…仕方あるまい。目的の一つは諦めよう。」 「目…的…?」 頭に『理解不能!理解不能!理解不能!理解不能!』という幻聴が聞こえる。 「まず一つは君だ。ルイズ、君を手に入れる事。しかし、これは果たせないようだ」 「…当然よ!」 「二つ目は…君が受け取ったアンリエッタの手紙」 「ワルド、あなた……」 「そして三つ目…」 アンリエッタの手紙という言葉で全てを理解し杖をワルドに向け詠唱を始めるが それよりも、ワルドの方が閃光の如く杖を引き抜きウェールズの心臓を青白く光る杖で的確に貫いた。 「き…貴様…『レコン…キスタ』…」 ウェールズの口から血が溢れる。誰がどう見ても致命傷だった。 「三つ目…貴様の命だ」 「貴族派…!アルビオンの貴族派だったのねワルド!」 「Exactly。いかにも僕はアルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」 「トリステインの貴族のあたながどうして!」 「答える必要は無いな…これから君はウェールズや…プロシュートだったか?彼らの下に逝くのだから」 その言葉にプロシュートの名が入っている事に衝撃を受ける。 ウェールズと同時に言われたという事はスデにプロシュートもワルドに殺されたという事だ…! 杖を握ろうとしたがそれをあえなくワルドに弾き飛ばされる。 「助けて…」 蒼白になり後ずさる。立って逃げようとしても腰が抜けて立てないでいるが、その様子をみてワルドが首を振り『ウィンド・ブレイク』で吹き飛ばす。 「もう遅い…だから共に世界を手に入れようと言ったではないか…鳴かぬなら殺してしまえと言うだろう?なぁ…ルイズ…」 壁に叩き付けられ床に転がる。呻き声をあげ泣き、もうこの世にいないであろう使い魔に助けを求めた。 「助けて……お願い……」 そう繰り返し助けを求めるが、ワルドは愉しそうに呪文を唱え始めたが扉の外から足音と声が聞こえてきた。 「『殺す』…そんな言葉は使う必要はねーんだ…」 声と足音が大きくなる。そしてその声はルイズにとって聞きなれたものだ。 「なぜならオレやオレ達の仲間が…その言葉を頭の中に思い浮かべた時には…」 次の瞬間ドアがブチ破られ、ドアの破片が飛びそれをワルドが回避する。 「実際に相手を殺っちまってもうスデに終わっちまってるからだ…!」 慌てるわけでもなく、怒りをもっているわけでもなく、いつもの調子で危険極まりない言葉を吐き出し歩くのは全身傷だらけになったプロシュートだ。 「…貴様!」 「プロシュート…!」 二人が驚愕の目で傷だらけのプロシュートを見るが、ワルドの目は怒りを含み、ルイズの目は動揺を含んでいる。 「オレが昔やった事と同じ事をしたようだから忠告…しといてやる……敵の頭に銃弾をブチ込んだとしても…生死の確認ぐらいしておくんだったな…」 列車内でミスタに直触りを仕掛け、拳銃を奪い頭に3発の銃弾をブチ込み死んだものと思い亀に向かったが どういうわけか脳天に弾をブチ込んだはずの『ミスタのスタンド』が『氷』を持って『ブチャラティ』の所に居た。 生死さえキッチリ確認していれば今頃は、ブチャラティ達は全滅しボスの娘を奪っているはずだったのだ。 「…ったく、どっちの世界もマンモーニだな…!なに泣いてやがる」 ギャングであるペッシとそうでないルイズを比べるのもどうかと思うがまぁ似たようなものとして扱っているプロシュートには関係無い。 「生きてるなら…早く来なさいよ…!」 そう叫ぶが顔の方は泣き顔のそれだ。 「さっきのお前の魔法…本当にオシマイかと思ったよ…ワルド…今までお前の事『老け顔のヒゲ』だなんて思っていたが 撤回するよ…無礼な事だったな…お前は信頼を裏切れる男だ…『婚約者の信頼』を含めてな…いやマジにおそれいったよ」 淡々とした口調だがその言葉にははっきりとした意思がある。そのままゆっくりとワルドに近付くが『ウィンド・ブレイク』が飛び吹き飛ばされ壁に激突する。 だが、それでも何事も無かったかのように立ち上がり再びワルドに近付く。 「オメーは『ゲス野郎』なんだよワルド…裏切ったんだ…組織のようにな…!分かるか?え?オレの言ってる事…」 「信じるのはそちらの勝手だ。勝手に信じたものを利用して何が悪い?」 また『ウィンド・ブレイク』が飛びまた吹き飛ばされそうになるが、今度はデルフリンガーを床に打ち込みスタンドパワー全開で支え飛ばされないようにする。 「どうした『ガンダールヴ』!動きが鈍いぞ?今にも死にそうではないか。攻撃しないと僕を倒せないぞ?せいぜい僕を楽しませてくれるんだな」 だが、その言葉にも動じずその目はワルドのみを見据え歩みを進める。その歩みには一片に迷いなど無い。 「…分かったよ兄貴!兄貴がいつも言っている『覚悟』ってのが俺にも言葉でなく『心』で理解できたッ!!」 三度『ウィンド・ブレイク』が飛ぶがデルフリンガーが自分を前に突き出すように叫びそれに応じるかのように手を前に突き出す。 「無駄よ!無駄無駄ァァアアア!剣などでは風は受けることはできん!」 風がプロシュートを飛ばそうとした時デルフリンガーの刀身が光だし風を全て吸い込んだ。 「魔法を吸い込むと思ったなら兄貴…!スデに行動は終わっているんだな…!」 「そんな事ができるなら最初からやりやがれ…!」 「六千年前も昔に『ガンダールヴ』に握られて以来だからてんで忘れてたんだよ でも、これからは任せてくれていいぜ兄貴ィ!ちゃちは魔法は俺が全部『吸い込んだ』からよ!」 「…なるほど。私の『ライトニング・クラウド』を受けて生きているのはおかしいと思っていたが… その剣のおかげか。それならばこちらも本気を出そう。何故風が最強と呼ばれるのか、その由縁を教育してやる」 プロシュートとルイズはそれを見据えたまま動かないでいる。前者はあえて動かないでいるが、後者は動けないでいる。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 そうしてワルドが分裂するが、今度は1体だけではなく4体…計5体のワルドがプロシュートと相対した。 「また同じか芸がねーな」 分身が懐から仮面を取り出し顔に付ける。 「『エア・ニードル』…杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込む事は不可能よッ!!」 それを見てプロシュートがルイズの方に向かい話し始める。ワルドx5は完全に余裕の態度でそれを見ている。 「なに…ボケっとして…やがる。正念場だぜ…ルイズよォーー! フーケの時の覚悟見せやがれ…!オレが…突っ込むからよ…オメーは爆発を起こせ。自信を持て…いいなッ!」 「無茶よ!そんな…!それに、そんな怪我してるのに巻き添え受けたらどうするのよ…!」 それを聞かずに、ワルドの本体へと歩き出す。 後ろ取られないようにワルドへ向かう。 剣とグレイトフル・デッドで受け流すが、相手は五体。後ろを取られないようにしているとはいえ入れ替わるように分身と本体が攻撃を仕掛けてくる。 腕に一撃を受ける。だが止まらない。 脇腹を杖が掠め血が流れ出る。だが止まらない。 大腿部に『エア・ニードル』が突き刺さる。だがそれでも止まらない。止まろうとしない。 急所に受ける攻撃だけを受け流し、後は全て体で受け止めている。 傍から見れば一方的に攻撃を受けているだけに見えるが、ジリジリと後退しているのはワルドと分身の方だ。 「こ…こいつ!何故だ…?何故、貴様を使い魔として使役しているあの高慢なルイズのために命を捨てる!?」 「『恩には恩を…仇には仇を…』それがオレ達チームのリーダーの流儀だ… だから…オレもそれに従っている……オレの命を救ったという借りを返さねーってのは…オレがチームの流儀を裏切る…って事になるからな…!」 「兄貴!それだ!心を振るわせられればなんでもいい!『ガンダルーヴ』もそうやって力を溜めていた!」 それを聞いた瞬間ルイズに衝撃が走る。 プロシュートは自分の魔法を信頼してくれているからあんな無謀な行為をしてくれている。 ここで自分が何もしないという事はその信頼を裏切る…つまりワルドと同じ事をするという事だ…! 「まだ『覚悟』っていうのはよく分からない…けど!わたしを信頼してくれているのは『心』で理解できたわ!」 その声と共に杖を本体と分身に向け、詠唱の短いコモンマジックを連発する。 狙いはプロシュート以外の全ての物だ。 一発が分身に直撃し消し飛ばす。 それでも爆発は止まらない。残りは命中はしていないが爆風がワルドと分身を容赦なく襲う。当然突っ込んでいるプロシュートにもそれは襲いかかる。 「…くッ!邪魔だ!!」 3体の分身がルイズに襲い掛かる。だがそれでもルイズは魔法を止めようとはしない。最後まで自分の使い魔を信頼すると決めたからだ。 『エア・ニードル』がルイズを突き刺そうと飛び掛った瞬間…分身の動きが急激に鈍くなった。 「グレイト…フル・デッド…」 そう呟くように言う本体のワルドへと突き進む。 「こ…これは…!?貴様…まさか…私や貴族達を…道連れに死ぬ気か…!?」 「一瞬だ…一瞬老化させて掴めればそれでいい。爆風の熱で温まってる今なら…オメーだけよく老化するだろうよォーーーーーー!」 それだけ言うとワルドに突き進む。速い、満身創痍な状態とは思えない速さだ。 ワルドの左腕を右腕で掴むと老化を解除する。この程度の時間ならば城の連中に効果はあまり及んでいないはずだ。 「てめーにも…覚悟してもらうぜ…」 だが、そこに広域老化が解除され動きが元に戻った分身の杖が振り下ろされ… 空中に『腕が舞った』 ←To be continued ゼロの兄貴-23 戻る< 目次 続く
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―――――――――――――――――――――――――――――――――― 帰る手がかりの一つもつかめぬまま、既にこちらに来て一週間が過ぎた。 一週間もすれば、不本意ながらもこちらの生活にも慣れてくる。 朝起きて、才人共にルイズを起こし、才人が着替えさせている間に、僕が洗い物を済ませる。 僕はスタンドを使えば、いちいち水くみ場まで降りる必要もないので、適任であるのは事実だが、コレには理由がある。 はじめは交代交代で洗濯を行う予定であったが、才人がパンツの紐を切ったのがばれ、洗濯は僕が一手に担うこととなったのだ。 ちなみにこの事で、才人は一週間のご飯抜き、僕も止めなかったということで、五日のご飯抜きを宣告された。 もっともそんなことをされても、ルイズの朝食中に厨房でご飯を貰うので、全く関係がないのだが。 しかし衣食住の、住しか面倒を見ていない、しかもその住ですら怪しいのに、「ご主人様」と呼べ、敬いが足りないとは、理不尽甚だしい。僕のルイズ株は下がりに下がって、既に上場廃止状態だ。 そういう事で僕らは自然と、厨房との親交、つまりはマルトーさん達コックや、シエスタ達メイドとの親交が深まっていくのだが。 既に厨房に来る一通りの人間には、顔を覚えて貰っている状態だ。 一部の人間とは、仲良く会話を交わせるまでに至っている。 食事の後は、才人はルイズと共に授業へと、僕は血管針カルテットと共に衛兵として、見回りに当たる。 見回りといっても、侵入者に備えるなどではなく、生徒同士のもめごとの報告、出来るのならばその場を押さえる事や、魔法関係以外の備品の整理、人手が足りない所の手伝い、貴族の使いっ走りが主な仕事内容だ。 そのため貴族と接触する機会が多く、しかも殆どの貴族が高慢不遜な奴ばかりなので、極めてストレスが溜まる。 御陰でもめごとの仲裁にはつい力が入って、スタンド大活躍だ。何回貴族に向けて、『エメラルド・スプラッシュ』を放ったことか。 衛兵の仕事が再会して早三日目で、僕の前でもめごとを起こしたり、面と向かって罵倒するものは、ほぼ皆無となった。 さて、衛兵の仕事が終われば、僕も才人と同じように、ルイズの世話に戻る。 この時間が、一番トラブルに巻き込まれやすい時間だ。 この間は衛兵の仕事をしている時と違い、貴族に手を出せば、以前と同じく謹慎処分を受ける。 それを知ってか、ここぞとばかりに嫌がらせをしてくる。 もっともそういうことをする、臆病者の嫌がらせなんて、大したことのない罵倒程度なのだが。 適当にデルフリンガーを持った才人をけしかければ、あっという間に大人しくなる。 表向きな立場を持たない才人は、僕と違って、倒しても咎められることもないからな。 こちらに来て一週間。既に僕の平穏を乱す相手はルイズ、才人、そしてキュルケの三人のみだ。 ルイズは言わずもがな、あの癇癪持ちの自称ご主人様にかなう相手はいない。 才人は非常に優秀なトラブルメーカーだ。たいていの場合、僕まで連座で罰を受けるので、迷惑きわまりない。 この二人に比べれば、ルイズと混ぜない限り、たいした問題にならないキュルケは一段落ちる、はずだったのだが、最近になって、一つ問題が出てきた。 キュルケが才人に対して誘惑を敢行した事だ。 七股に挑戦するとは、見上げた根性だと思う。 変節をする人間は嫌いだが、ここまで来ると嫌おうという気すら起きず、返ってほほえましく感じる。 いや、そもそも変節しているわけではないな。一応、『微熱』とやらの二つ名の筋は通しているのか。 多分、相手も火遊び程度で、本気で誘惑するつもりは無いようにも思うのだが、どうか。 それはともかく、この劣悪な上、慣れない状況で、僕らが持ったのは一週間持ったのはやはり一重に、お風呂という存在があったからであろう。 お風呂は心の洗濯とは、誰が言い出したのか。 この異世界に於いて、この言葉は、非常に実感できる重みがあった。 そのため、お風呂のコンディションは常に万全を期しておかなければならない。 特に、放っておけば崩れてくる竈の整備などは、絶対に欠かしてはいけない。 本日の分の仕事を終えた僕は、今日もいつものように竈の様子を見に行った。 その途上、広場で思いがけない人影を見る。 「あれは……」 「よしよし、ヴェルダンテ。君はいつ見ても可愛いね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」 あの金髪。気取った雰囲気。間違いない、ギーシュだ。 だが、よく見れば何か、そのギーシュに抱えられて、大きな影がもう一つ。 こちらからはよく見えないが、サイズは小熊ぐらいはある。いったい何だろうか。 僕は後ろから息を潜めて、気付かれぬよう慎重に、ギーシュへと近づいた。 影の正体は巨大な土竜であった。 その土竜はギーシュの言葉に、鼻をモグモグとひくつかせている。 どうやらコレがギーシュの使い魔らしい。 僕はその姿をよく観察する。 「そうかい、そりゃよかった!」 成る程、くるくるとした目、綺麗な毛並み、可愛らしいという形容詞も、間違いではないように思う。 しかしながら、その土竜に頬ずりをするギーシュの様は、僕には非常に滑稽なものにしか見えない。 ともかく僕はギーシュに用があるので、土竜と離れるタイミングを狙って、後ろから声をかける。 「ギーシュ」 「誰だい? 僕を呼ぶの……は……」 あの決闘の日以来、ギーシュは僕の顔を見ると一目散に逃げ出すため、半径10m内に入れた試しがない。 だが、今の僕とギーシュの距離は1mもない。 ギーシュは僕の接近を許したことで、バカみたいにポカンと口を開ける。 そして状況を認識するや否や、いつも通り、脱兎の如く逃げ出した。 しかし、今回は逃がすわけには行かない。 僕はスタンドで、ギーシュの身体を一瞬にして縛り上げる。 「う、動けない!」 「そんなゲロ吐くぐらい怖がらなくても良いじゃないですか。何もしませんよ、安心してください」 「う、嘘だ。僕は騙されないぞっ!」 参ったな。ギーシュは完全におびえきった目でこちらを見ている。 少し、決闘の時にボコボコにしすぎたのかもしれない。 「だ、誰か助けっ……むがっ!」 「静かにしてください」 「むー! むー!」 騒がれてはマズイので、スタンドを猿ぐつわ代わりにして、ギーシュを黙らせる。 僕は仕方なく、ギーシュが落ち着くまで待つことにした。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 「本当に、危害を加えるつもりはないのかい?」 「ええ。そちらから何もしてこない限りは」 「わかったよ」 10分程して、ようやくギーシュは騒ぐのを止め、僕の話に耳を傾け出した。 これで、ようやく会話が出来るのか。 「それで、一体何の用なんだい?」 とはいえ、まだ少々警戒しているようだ。 ギーシュは何を考えているのか探りを入れる目で、こちらを見ている。 この状態で、いきなりお願いを切り出す訳にもいかない。 僕は無難に、先程の使い魔らしき土竜の話を切り出すことにした。 「いえ、あなたが土竜と戯れていましたので、何事かと思いまして」 「土竜? ああ、僕の使い魔のヴェルダンテの事かい?」 多少だが、ギーシュの表情が和らいだ。 この話題を切り出したのは正解かもしれない。 「ヴェルダンテというんですか。凄く可愛らしいですね」 「君もそう思うのかい!」 この後、ギーシュによる20分にも渡る使い魔自慢が繰り広げられると解っていれば、僕はこんな事を切り出そうとは思わなかっただろう。 「ヴェルダンテが…… ヴェルダンテは…… ヴェルダンテ。ああ、ヴェルダンテ、ヴェルダンテ……」 既に何回、ヴェルダンテという言葉を聞いただろうか? 学校では優等生として振る舞っていたので、形だけではあるが、人の話を聞くのはうまいと思う。 その僕が、心の底から止めてくれ、と思ったのだ。 もはや、語るには及ばないだろう。 「……というわけなのさ。どうだい、凄いだろう?」 「……ええ、本当に」 僕はよく耐えました。と続けたい所をぐっと我慢し、大きく息をつく。 まぁ、それだけ耐えたこともあって、ギーシュの僕に対する警戒心は、今は殆ど感じられない。 「ああ、済まないね、長々と話してしまったよ。っと、そういえば君はどうしてこんな所にいるんだい?」 「あちらにある、お風呂を修繕しようと思いまして」 そういって僕は広場の角の、僕と才人で制作した風呂場を指さす。 とはいっても巨大な鍋と、土で出来た竈に、申し訳程度の衝立があるだけなのだが。 ギーシュは興味深そうに、それをまじまじと眺める。 「平民も水の張ったお風呂につかるのかい?」 「いえ、コレは五右衛門風呂といいまして、僕や才人の故郷のお風呂です」 「へぇ、君たちの故郷は、その服装といい、随分変わったところなんだな」 ギーシュは特に、それ以上聞こうとせず、作ったお風呂をまじまじと見ている。 が、やがて興味を失ったのか、再び僕の方へと向き直った。 と、今度は僕の制服のポケットの辺りをじーっと見ている。 確か今、ポケットの中には石けんの香りつけに使おうと思っている、ムラサキヨモギが入っていたな。 ギーシュはいったん口元に手を当て、改めて僕のポケットを指さしていう。 「それはムラサキヨモギの葉かい? できればいくつか譲って欲しいんだが」 「これを、ですか?」 「ああ、代金は払うよ。そのポケットに入っている、半分ぐらいの量で良いんだ」 コレは思いがけない交換材料が出来た。 正直、どうやって頼もうかと思っていた所だ。 これならば僕の方からも切り出しやすい。 「お金はいりませんが、代わりにこの竈を、青銅に錬金してもらえますか?」 「それでいいのかい? なら、おやすい御用さ」 そういってギーシュは、ポケットから薔薇の造花を抜いて、短くルーンを唱える。 すると土の竈は見る見るうちに、赤銅色へと染まっていく。 ものの数秒で、竈は見事な青銅製へと変化した。 僕は改めて見るその魔法の便利さに、素直に感嘆の声をあげる。 スタンド能力には余りそういうものはないからな。 ギーシュはその声を聞いて、得意げに鼻を鳴らす。 「それでは、コレを」 「ああ、確かに貰ったよ」 僕は約束通り、右ポケットの方に入っていたムラサキヨモギの半分を、ギーシュに手渡した。 ギーシュはそれを受け取って、「これでモンモランシーとの仲直りの材料が出来た」等とつぶやいて、ご機嫌な様子で校舎の方へと戻っていった。 何に使うつもりかは知らないが、大方、香油か何かを作るつもりだろう。 それはともかく、これで竈に関しては問題ないだろう。 となれば、後はもう一つの予定である石けん造りだ。 本当であれば、先に石けんをつくってから、才人が来るのを待って竈の修繕を行うつもりだったが、ギーシュとあったことで、この分ならば、才人が来る前に終わらせられそうである。 僕は早速、調理場で貰った海草の灰と廃品の鍋、植物性の油、そしてムラサキヨモギを使って、石けん造りへと取りかかるのだった。 To be contenued……
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今、城下町では王女アンリエッタが大変な人気を集めている。いや、もはや王女ではなく女王アンリエッタだったな。 なぜ女王が人気を集めているのか?それはこの前の戦いで数で勝るアルビオン軍を打ち破ったからだという。そのおかげで『聖女』と崇めたてられるほどだ。 アンリエッタは女王となったため、当然のごとくゲルマニア皇帝との婚約は解消された。だからといって同盟も解消されるわけではないらしい。 何故かはよく聞いてないので知らないが、私には特に関係のないことだろう。さて、なぜ今こんなことを考えているのか、それはこれから聖女アンリエッタに会うからだ。 今朝、アンリエッタからの使者が私たち(正確に言えばルイズ)のもとへやってきた。用件は不明。ただアンリエッタが呼んでいる、とだけしかわからない。 そしてルイズがこれを断るはずも無く、私たち(もちろんデルフは連れて行く)は用意してあった馬車に乗って王宮にやってきたのだ。 やれやれ、今日もシエスタに文字を教えてもらう予定だったのにこんなことになるとは。シエスタにこのことを言う暇も無かったな。帰ったら一応謝っておこう。 一言謝ればシエスタはどうせ許してくれるに違いない。……多分だけどな。 それにしても一体どんな用件なのだろうか?やはり『虚無』のことだろうか?というかそれ以外に考えられない。きっとルイズもそう思っていることだろう。 使者に案内され王宮を歩いていると、やがてある部屋の前に到着した。扉の前には護衛のような人間が控えている。きっとここにアンリエッタがいるのだろう。 「陛下。お越しになられました」 「通して」 控えていた人間が部屋の扉を開く。開かれた扉の先には、アルビオンに行く原因を作ったアンリエッタがいた。当然といえば当然だが。 ルイズは一歩部屋に入り恭しく頭を下げる。私もそれに習い、帽子を外し頭を下げる。下げなかったらルイズに色々言われそうだからな。 「ルイズ、ああ、ルイズ!」 アンリエッタは嬉しそうな声を上げながら、ルイズに駆け寄りそのままルイズを抱きしめる。抱きしめられたルイズは頭を下げたままだ。 なので私も頭を下げ続ける。 「姫さま……、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから、最愛のおともだちを取り上げてしまうつもりなの?」 その言葉にルイズは顔を上げホッと一息ついたような顔でアンリエッタを見詰める。私も頭を上げる。さすがに帽子は被らない。 「ならばいつものように、姫さまとお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」 アンリエッタは心底つまらなそうにそう呟いた。やれやれだ。王族ならそれを耐え切れ。それが義務なんだから。 それに最愛のおともだちなら、わざわざおともだちを死地に行かせるようなことはしないでほしい。死に掛けたんだぞ。私が。 「このたびの戦勝のお祝いを、言上させてくださいまし」 暫らくの沈黙ののち、ルイズはアンリエッタ向かってそんなことを言った。女王が何も話さないので、一応当たり障りのない話題を振ってみたのだろう。 この話題にアンリエッタは意外な反応を見せた。ルイズの手を握ったのだ。そして、この勝利はルイズのおかげだと言い切った。 ルイズはハッとした表情でアンリエッタを見つめ、私は何の反応も示さなかった。どうせバレるのはわかっていたんだから驚く必要も無い。 「わたくしに隠し事はしなくても結構よ。ルイズ」 ルイズはアンリエッタにそう言われながらもまだとぼけようとしたが、アンリエッタが渡した羊皮紙を見て観念した。羊皮紙には調査報告が書いてあるのだろう。 そんなことを思いながら二人を見つめていたが、不意にアンリエッタがこちらを向いてきたので少し動揺する。もちろん表には出さない。一体私に何の用があるのだろうか? 「異国の飛行機械を操り、敵の竜騎士隊を誘導し撃滅したとか。厚く御礼申し上げますわ」 「身に余る光栄です」 アンリエッタの言葉に頭を下げる。だが、竜騎士隊を撃滅ってのは過剰だな。6騎しか殺してないのに。それに礼を言うより報酬をくれたほうが嬉しい。できれば現金だ。 「あなたは救国の英雄ですわ。できたらあなたを貴族にしてさしあげたいぐらいだけど……。あなたに爵位をさずけるわけには参りませんの」 「当然ですわ。使い魔を貴族にするだなんて」 五月蠅い。化け物は黙ってろ。しかし爵位か。できるものならほしいものだ。そうすればルイズのもとにいなくてもいい暮らしができる。 ルイズを殺した場合のデメリットが一つ減るわけだ。 その後、アンリエッタは私たちを褒め称えた。ルイズは小国を与えられ大公の位を授けてもいいくらいだとかなんとか。 正直よくわからないが、すげえ地位を与えてもいいことらしいな。そんなことを言われルイズは恐縮した様子で謙遜するが、 「あの光はあなたなのでしょう?ルイズ。城下では奇跡の光だ、など噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。 あの光が膨れ上がった場所に、あなたたちが乗った飛行機械は飛んでいた。あれはあなたなのでしょう?」 そんなふうに言ってくるのだ。否定する暇すら与えないとはこのことだな。 ルイズはさすがにもう否定するのは無駄だと諦めたのだろう。始祖の祈祷書のことを、『虚無』のことを、あの空で起こったことを話し始めた。 その話を聞くとアンリエッタは、こんなことを話し始めた。始祖ブリミルは三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したという。 そしてトリステインに伝わるのが『水』のルビーと始祖の祈祷書らしいのだ。これだけ聞くと、アンリエッタはかなりありえないことをしたんじゃないか? 王家に代々伝わるものを簡単に人にあげたんだぜ?しかも『水』のルビーは売り払ってもいいとか言っていたはずだ。 無計画なのか、それとも迷信と思って信じてなかったのか。多分両方かもな。 それと、もう一つ驚くべきことがわかった。始祖の力、つまり『虚無』は王家にあらわれると、王家の間では言い伝えられてきたらしい。 つまり、『虚無』を使えるルイズは王家の血を引いてるってことだ。それはアンリエッタの口からもはっきりと明言された。 ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこその公爵家だってな。いやいや、本気で驚いたね。 身分が高いとは思っていたがまさか王家の血を引いているとは。そうなると殺した後は私が考えている以上に追及されるよな。絶対に。 ルイズはルイズで自分が王家の血なんて引いていないと思っていたらしく、結構驚いていた。 「では……、間違いなくわたしは『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが、正しいようね。これであなたに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね?ルイズ」 確かに、もしルイズに恩賞を与えればルイズの功績は白日の下に晒されるだろう。それは『虚無』が白日に晒されるのと同じだ。 『虚無』の力欲しさにルイズは様々な輩に狙われるに違いない。 「ルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたくしと、あなたとの秘密よ」 それが妥当だろうな。というか二度と使うなくらいは言ってほしい。ルイズもアンリエッタの言葉ならきちんと聞いて以後使わなくなるだろうからな。 そしたら私は万々歳だ。恐怖が完全に拭い去られるわけではないが、随分と減ること間違いない。 アンリエッタの言葉にルイズはなにやら考えているような態度で口を噤んでいた。しかし、何かを決めたような表情をするとルイズがゆっくりと口を開き始める。 それはアンリエッタに『虚無』を捧げたいというものだった。それに対してのアンリエッタの答えは、 「いえ……、いいのです。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 というものだった。私の言ってほしいことをずばりと言ってくれたから、このときばかりは女王を見直したね。このときだけだけどな。 しかしルイズは、この力はアンリエッタを助けるために神様が授けてくれたものだとか言って聞きやしない。 さらに自分がいかに『虚無』をアンリエッタに捧げたいかを力説までし始めた。そして『虚無』を受け取ってくれないなら杖をアンリエッタに返すという。 『虚無』を捧げられることを拒否していたアンリエッタだが、そんなことを言われて心打たれたらしく、二人はお互いを抱きしめあった。つまり受け取るということだ。 「これからも、わたくしの力になってくれるというのねルイズ」 「当然ですわ、姫さま」 どうやら三文芝居はこれで終わりらしい。 「ならば、あの『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して『虚無』の使い手ということを、口外しませんように。 また、みだりに使用してはなりません」 「かしこまりました」 私的には、わたくしが使ってもいいと言うまで使うな、くらい言ってほしいんだがな。 そんなみだりに使用するなと言っても、ルイズなら感情に任せて周りを気にせず使いかねん。結局、私の恐怖心はこのままというわけだ。 「これから、あなたはわたくし直属の女官ということに致します」 アンリエッタはルイズにそう言うと、羊皮紙になにやら書き花押をつける。 それはアンリエッタ曰く、王宮を含む国内外へのあらゆる場所への通行、警察権を含む公的機関の使用を認めた正式な許可証らしい。 その許可証がルイズに手渡される。ルイズはこれで『虚無』という力だけでなく、強大な権力まで手に入れたことになる。どれだけ力をつけるのだろうか? 化け物がこれ以上の化け物になるのかと思うと憂鬱になりそうだ。これ以上調子付かなきゃいいんだが…… 「あなたにしか解決できない事件がもちあがったら、必ずや相談いたします。表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒としてふるまってちょうだい。 まあ言わずともあなたなら、きっとうまくやってくれるわね」 アンリエッタはルイズのそう語りかけると、また私の方へ向き直る。今度はなんだ?褒めるなら報酬で示してほしい。 アンリエッタは体中のポケットを探り始め宝石や金貨を取り出した。そして私に近づいてくると私の帽子にそれらを入れてくる。 ……マジかよ。 「これからもルイズを…・・・、わたくしの大事なおともだちをよろしくお願いしますわね。使い魔さん」 マジ?これマジィ!?本物か!?本物だよな!?これって俺にくれるってことだよな!?マジで報酬をくれるのか!? 帽子に入れられた宝石や金貨をマジマジと見つめる。 「え、これ……、私に、ですか?」 「ええ。是非受け取ってくださいな。ほんとうならあなたを『シュヴァリエ』に叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な女王のせめてもの感謝の気持ちです。 あなたはわたくしと祖国に忠誠を示してくださいました。報いるところがなければなりませぬ」 別に忠誠なんてしてないし、ここは祖国でもない。さんざん巻き込まれた結果、ここいるだけだ。だがそんなものはどうでもいい。 今注目するべきものはこの金貨と宝石だ。俺の、俺だけの金!俺が自由に好き勝手できる金だ!まさか化け物といることでこんな恩恵があるとは思っても見なかったぞ! いや、働いたら報酬があるってのは当然なんだけどな。幽霊だって報酬がもらえるんだから。 「ありがたく受け取らせてもらいます」 アンリエッタに頭を下げ、一応感謝の意を表しておく。このほうが好感がいいだろう。また感謝の気持ちがほしいからな。なるべく好印象になるように心掛けなければ。 そして私とルイズはアンリエッタに別れを告げ王宮を出た。……帰りの馬車は用意されていなかった。
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重なりかけた二つの月が、科学の匂いを感じさせないハルケギニア大陸を仄かに照らす。 無事にラ・ロシェールに到着した一行は、ワルドの提案により、 その街で最上等の宿である『女神の杵』亭に泊まることとなった。 殆ど貴族達しか利用しないこの宿は、顧客層に合わせて、大層豪華な作りをしており、貴族達の自尊心を十分に満たすものであった。 その『女神の杵』亭のロビーの一角に、DIOはいた。 貴族の証であるマントを纏っていないにもかかわらず、使用人を従えているこの男の存在に、 他の客たちは揃って訝しげな表情をした。 しかし、それもほんの一時のことであった。 男の振る舞いが余りに堂々としていたことが、主な理由であった。 顔が映るほどピカピカに磨かれたテーブルを前にして、気後れするどころかふんぞり返るなんて、平民に出来るはずはなかったからだ。 テーブルに置かれたワインボトルが、DIOという存在感に軽いアクセントを加える。 周りの客達はそれぞれ、思い思いに想像を巡らせ、勝手に納得をしてその場を去ってゆくのであった。 そして、客達が納得をした理由はもう一つあった。 DIOの傍で、彼とは全く対照的な、暗鬱なオーラを全開にして突っ伏しているギーシュがそれであった。 もう何本も酒を飲んでいるのか、彼の周りには瓶が幾つも転がっていた。 マントを纏っていなければ、誰も彼が貴族であるなどと信じはしなかっただろう。 それくらい、ギーシュはやさぐれていた。 一体何が彼をそこまで追い込んでいるのか誰にも分からなかったが、 理由はどうあれ、彼が傍で情けなく酔いつぶれてくれていたこともあって、 客達はますますもってDIOの貴族性を認めるに至っていた。 夜も更けてゆくにつれて、徐々にロビーにいる人の姿が疎らになってゆく。 そんな『女神の杵』亭に、ワルドとルイズが帰ってきた。 桟橋へアルビオンへ向かう船の乗船の交渉に行っていた二人の顔は、一様に沈痛であった。 ルイズは不機嫌さを隠しもせずに、DIOのテーブルへと向かい、彼の反対側に腰を下ろした。 一つしか置かれていないグラスにワインを注ぎ、一息に飲み干す。 勿論それは、ついさっきDIOが使っていたグラスであった。 DIOの後ろで控えていたシエスタが、それを見てピクリと片眉を上げた。 しかし、シエスタはルイズを止めるには至らなかったし、ルイズもまた、そんなシエスタを無視した。 空になったグラスをテーブルに"ガン!"と叩きつけて、ルイズは溜息をついた。 「どうした、ルイズ。旅はいたって順調なのだろう。 何を浮かない顔をしている」 言葉とは全く裏腹な、冷ややかな笑みを浮かべているDIOに、ルイズはふてくされたまま何も答えない。 場を取り繕うように、ワルドが代わりに説明した。 「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうなんだ」 「全く話にならないわ! 急ぎの任務だっていうのに……」 二人の言葉に、キュルケは首をかしげた。 ゲルマニア出身の彼女は、アルビオンに関する知識をあまり持ち合わせていなかったのだ。 「あたしはアルビオンに行ったこと無いから分からないんだけれど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。 「明日の夜は月が重なるだろう。『スヴェルの夜』だ。 その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのだ」 つまり、明日丸一日は休めるということらしい。 自然と気が緩み、欠伸をしてしまうキュルケの内心を悟って、ワルドは頷いた。 「さて、来るべき戦いに備えて、今晩と明日はゆっくりと休息をとることにしよう。 部屋はそれぞれもう取ってある」 ワルドは懐から鍵束を取り出し、机の上に置いた。 「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとルイズの使い魔君が相べ…」 「DIO様の御部屋は、わたくしが別に御用意しております」 スムーズに事を運んでいたワルドの言葉に、シエスタが割り込んだ。 勝手に部屋を予約ししていたと聞いて、ワルドは戸惑った表情を浮かべた。 「しかしね、君……えぇっと、シエスタだったかね。残念だがそうはいかないよ。 いつまた賊どもが襲ってくるか判らないこの状況で、そんな勝手な真似を……」 「別に、御用意して、おりますので」 取り付く島もないシエスタによって、ワルドの言葉は再び遮られた。 彼女の言葉には、僅かながらも確かな怒りが表れている。 普段の無機質なシエスタらしからぬ剣幕に圧され、ワルドは肩をすくめるしかなかった。 ワルドに噛み付くそんなシエスタの様子を、ルイズはワインを飲みながらぼんやりと見ていた。 相変わらずDIOの事となると、梃子でも動かないような頑固さだと、ルイズは半ば感心していた。 ルイズは思う。 そのひたむきな忠誠心には頭が下がるが、どうしてその心遣いを他の人間にも見せてやらないのやら、と。 DIOに対するそれの、千分の一でもいいから他人に示すべきだ。主に私に。 チクショウあのメイド、一体どういう了見なわけ? 私はDIOの主人、マスター、御主人様なの。 つまり私はDIOより偉いのだ。アイアムナンバーワン。そこらの貴族とは、ワケが違うのよ。 こちとらちゃきちゃきのトリステイン生まれの公爵っ娘なんだから。……てやんでぇ。 と、そんなこんなで大分シエスタ論評にも熱が入ってきたルイズに、ワルドが声をかけてきた。 「ルイズ、良いのかい? 君の使い魔のメイドはああ言っているが……」 「えぇ、えぇ、良いのよ。ほっといてあげて。 寧ろ、アイツと相部屋にしたら、ギーシュが可哀相だわ」 ルイズは諦めたように手を振ってワルドに応じた。 ワルドはまだ納得していない様子だったが、DIOの傍で突っ伏しているギーシュをチラリと見て、その惨状に溜め息をついた。 気を取り直し、ワルドは、ルイズに鍵を差し出す。 「僕とルイズは同室だ」 ルイズは弾かれたようにワルドの方に振り向いた。 「婚約者だからね。当然だろう」 「でも私たち、まだ結婚しているというわけではないのよ?」 ワルドは首を振って、ルイズの肩に手を置き、真っ直ぐにルイズを見つめた。 「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」 肩に置かれたワルドの手に、力が籠もる。 いつになく真剣なワルドの視線に、ルイズは渋々了承することにしたのだった。 こうして、ルイズはキュルケに冷やかされながらも、ワルドと一緒に部屋へと消えていった。 ルイズの姿が消えた後もキュルケは暫く一人で何やら楽しんでいたが、やがて飽きたのか、タバサを引き連れて割り当てられた部屋へと消えていった。 DIOとシエスタも、さっさと部屋へと消えてしまい、ロビーに残ったのはギーシュ一人となった。 しかし、今のギーシュにとってはそんなことはどうでもよく、寧ろ一人になれただけ好都合だとも思っていた。 暫くテーブルに突っ伏して、時々思い出したように酒を呷る。その繰り返し。 「僕は…うぃっく! ……トリステインの薔薇なんだ。 ひゃっく! 薔薇は皆を…楽しませるために存在するのであって……えっく! ……決して一人のレイディのためにあるわけでは……!!」 アルコールが回り、酩酊状態に陥ったギーシュの脳裏に、これまで付き合ってきた(遊んできたとも言う)女生徒の顔が、泡のように次々と浮かんでは消えていった。 それは一年生のとある生徒の顔であったり、上級生である三年生の生徒の顔であったり、思い出す限り様々であった。 やがて、一年生のケティという女生徒の顔が浮かんで、消えていった。 そして最後に…………モンモランシーの顔が浮かんだ。 見事な金髪を縦ロールにした、トリステイン生まれであることを別にしてもなお勝ち気と言えた、けれどやはり可愛らしかった同級生の少女。 不思議なことに、いくら酒を飲んでも、ギーシュの頭からモンモランシーの顔が拭い去られることはなかった。 その理由がわからないことが、ギーシュの苛立ちを加速させる結果となり、ギーシュはますます酔いつぶれていくのであった。 しかし、例えやり切れない思いに限りはなくとも、酒には限りがある。 とうとう最後の一本を飲み干してしまったギーシュは、名残惜しそうに溜め息をつき、 やがて諦めたようにロビーを後にして、割り当てられた自分の部屋へと向かったのだった。 相方のいないダブルルーム。何だか今の自分にはピッタリではないか。 部屋に続く階段を、フラつく足取りで一歩一歩上がりながら、ギーシュは皮肉げに笑った。 いつから自分はこんなに厭世的になってしまったのだろうと、激しい自己嫌悪に陥りつつ、ギーシュはドアノブを回す。 おかしなことに、鍵はあいていた。 普段のギーシュだったら、あるいはほんの少しくらいなら疑ったかもしれなかったが、何しろ今は酔いつぶれている状態である。 夢と現の区別もついていない彼には、なぜ部屋の鍵があいているか、なんてどうでもよかった。 倒れ込むようにして部屋に入るギーシュ。 「お疲れ様でございます、ミスタ・グラモン」 部屋の鍵があいていた原因が、目の前にいた。 いつものメイド服こそ脱いで、寝間着に着替えてはいるが、 澄ました態度を崩さぬ目の前の少女は間違い無くシエスタであった。 「あぁ……君か。 ……どうしてこの部屋にいるんだ? 主人のところにいなくていいのか」 「DIO様は既にお休みになられました。 わたくしのような者が、あの方と同じ御部屋で一夜を明かすなど、許されないことです。 従って、不躾ながら相部屋を仕ることになりました」 普段のギーシュだったら、『貴族が平民と同じ部屋で寝られるか!』くらいの文句は言っていただろうが、 今現在無気力状態にあるギーシュは、何も言わずに自分のベッドに倒れ伏した。 飲み過ぎで判然としない頭を持て余しながら、ギーシュは横目でシエスタを見た。 「君は随分とあの男に忠実なんだな……」 酔った勢いか、気がつけばギーシュはそんなことを口走っていた。 返事など期待してはいなかったが、意外なことに、シエスタはいつもの真面目な顔をギーシュに向けた。 「それがわたくしの仕事であり、唯一の幸せでもあるのです」 ギーシュはフンッと鼻で笑った。 他人に従うことが幸せであるなどと、貴族である彼には到底理解できなかったからだった。 「本当にそれが君の幸せなのか? あの男の命令にほいほい従うことが?」 「幸せの在り方とは、人それぞれで御座いましょう。 ある人の幸せが、別の人にとっては不幸せである、などという話はよくあるでしょうし」 事務的なシエスタの回答だったが、何故か彼女の言葉はギーシュの胸を打った。 「幸せ、か……」 ギーシュは思い出す。 さっき飲んできたワインよりもはるかに濃厚だったこの一日を。 その始めに見たモンモランシーは、まさに幸せに包まれていたようにギーシュには映った。 モンモランシーのあんなにも輝いた表情を見たことは、少なくとも学院に入学してからの二年間、ギーシュは見たことがなかった。 ということはあれが、彼女の幸せなのだろうか? あの男の傍にいることが……。 ギーシュには全く分からなかった。貴族として生きてきたせいもあり、ギーシュは他人の立場に立って考えるということが絶望的に不得意だった。 しかし今回、何の因果か、ギーシュはそのことについて考えてみる機会を得た。 ……では、自分にとっての幸せとは、何なのだろう。 そう考えて直ぐに頭に浮かんだのは、自分と同じく好色な父の教えでもあり、己のモットーともいえる言葉であった。 『グラモンの男たるもの、常に多くの女性を楽しませる薔薇であれ』 ギーシュは今まで、このモットーに沿って行動してきた。 色々な女の子にモーションをかけてきたし、女の子を巡って、男子生徒と決闘の真似事をしたことも多々あった。 そうしていた頃の自分は凄く楽しかったし、満たされてもいた。……幸せだった。 だが、それに巻き込まれた他の人は、幸せだったのだろうか。 そう考えて、ギーシュはハッとなった。 多くの人を喜ばせるのが己のモットーだと思っていたが、その実は自分の欲望を満たすことしか頭になかったのではないだろうか。 ケティの涙を思い出す。 何人もの女の子をとっかえひっかえにすることが、どれだけ女の子の尊厳を傷つけるか、自分は理解していなかったのではないだろうか。 ただ自分のモットーが満たされればそれでよかっのでは? 本当に他人を喜ばせるということがどういうことなのか……自分は分かっていなかったのだ。 ルイズほどではないが、それなりにプライドの高いギーシュにとって、それは認めたくない事実であった。 しかし、モンモランシーとの一件が、彼を幾分謙虚な気持ちにさせていた。 「僕は……自分勝手だったのかな?」 不安げな口調で問うギーシュに、シエスタは首を横に振った。 「わたくしの口からは申し上げかねます」 「そうだろうね。少し意地が悪い質問だったよ」 貴族であるギーシュに対して、平民のシエスタが、『あなたは自分勝手です』なんて言えるはずもない。 場を繕って否定して見せても、白々しく見えるだけだ。 ギーシュは珍しく、シエスタの立場を鑑みていた。 「ですが……」 「?」 「間違っているとお思いなのでしたら、自分を変えてみるのも一つの方法かと存じます」 「ハハ……それができたら苦労はしないよ」 自分を変えるということは、つまり、今までの生き方を捨てるということである。 たった一人の女の子のために、これまでの楽しい暮らしを投げ出して未知への一歩を踏み出すには、ギーシュはまだ若すぎたし、臆病すぎた。 (幸せ、か……) ギーシュはひとしきり笑った後、やがて瞑目して、夢の世界へと旅立っていった。 ――――――――――― 深夜の『女神の杵』亭。 殆ど全ての客が各自室に引っ込んだ今、扉の連なる廊下は人けが無く、静寂が支配している。 その静寂というルールを破らぬようにして、廊下を進む一人の少女がいた。 トリステインではまず見かけない蒼色の髪に、自身の身長よりも大きな、節くれ立った杖を持つ彼女の名は、タバサといった。 キュルケが寝込んだ隙をついて、こっそり部屋を抜け出したのであった。 スルスルと、物音一つたてずに廊下を移動する様子は、実に手慣れたものであった。 気配も殆ど感じさせない彼女の存在は、誰にも気づかれまい。 やがて、タバサは一つの扉の前でその歩みを止めた。 廊下に扉は数多くあったが、その一つだけは何とも異様な雰囲気を放っていた。 DIOの部屋であった。 シエスタが用意したというその部屋は、一人だけで使用するには些か豪華過ぎるものであった。 本来なら、相応の煌びやかな空気を醸し出してくれるはずの豪華な扉は、 獲物を待ちかまえて、大口をあけている化け物のように、タバサには思えた。 ならば、今ここに立っている自分は、獲物ということになるのだろうか? 心の片隅で浮かんだ嫌な想像を無理やり抑え込んで、タバサは自分の杖をギュッと握りしめた。 タバサがキュルケとともにラ・ロシェールくんだりまで来たのには、もちろん理由があった。 その理由のために、こっそりDIOの部屋に向かったタバサだったが、 この扉の向こうにDIOがいると思うと、自然と浮き足立ってしまうのだった。 「…………………」 暫くDIOの部屋の前で逡巡したのち、タバサは深呼吸をした。 会う前から、場の空気に飲み込まれては駄目だ。 決心したタバサは、それでも恐る恐るといった仕草でドアをノックしようと手を伸ばした。 だがその瞬間――――― 『何を迷う』 おどろおどろしく扉の向こうから響いた声に、タバサはぎょっとした。 慌てて扉から数歩距離をとる。 全身から嫌な汗が吹き出してきた。 すぐにこの場を立ち去るべきだと、全身が警告を発していたが、 タバサは一歩も動くことができなかった。 気がついたら扉の方に意識を飛ばしている自分がいた。 この扉をあければ……。ゴクリと唾を飲み込む。 『どうした、早く入ってくるがいい』 だが、再び響いた身の毛もよだつ声に、抑えきれなくなったタバサの感情が爆発した。 自分はさっきまで、何ということをしでかそうとしていたのだろうか。 「…………いや!」 耐えられなくなり、次の瞬間タバサは駆けだしていた。 誰かに見られるかもしれないなんてことは、頭から吹き飛んでいた。 幸運なことに、バタバタと騒がしく廊下を走るタバサに気づいた客はいなかった。 自室に戻ったタバサは、そのままの勢いでベッドに飛び込み、布団を被った。 しかし、どれだけ物理的に離れていようが意味はなかった。 精神面から襲い来る何かに、タバサは少し震えた。 夜にアイツに会うのは駄目だ。夜に来たのは間違いだった。夜は取り返しがつかなくなる。夜は駄目だ。 夜は………………………………………… ……………………………けど、昼なら? 理性が感じる恐怖とは裏腹に、タバサの心は確実にDIOを求めていた。 to be continued……